初期のレーダー性能(2008/07/07) 【1.レーダーの簡単な歴史】 レーダーは電磁波を対象に向けて、その反射波を測定することで対象物の位置や方向、速度等を 調べることができるため、航空機管制用や気象用など幅広く使用されている。 実用的なレーダーが発明されるのは1930年代からであり、その誕生までには2つの技術的ブレーク スルーを待たねばならなかった。 1)高出力の電磁波(特にマイクロ波)を発生させる装置(マグネトロン) 2)指向性アンテナ 実は、この1)、2)の発明には、日本人も大きく関わっている。 マイクロ波発生させるための原理的な装置としての画期的な発明は1916年のベル研究所のハルが行い マグネトロンと呼ばれる。但し、非常に出力が弱く実用的ではなかった。ハルのマグネトロンをベースに 1927年に東北帝国大学の岡部が分割陽極型マグネトロンを作り、高出力で安定した発振に成功し、実用 的なマグネトロンへの道を開く。(但し、ドイツでも1936年に同様の原理の空洞型マグネトロンが発明され、 こちらのほうが海外では知られていた)のちに英国はこの技術をベースに軍事用としてのキャビティマグネ トロンを開発する。 もう一つの指向性アンテナはどのような歴史を辿ったのであろうか。 20世紀初頭、米国での中短波帯がアマチュアに開放されたが、予測とは裏腹に遠方通信に適している ことが発見された。まもなく、この原因は電離層で反射された短波が遠くまで届くためだと分かった。 この時点では、多数のダイポールアンテナを配列した指向性アンテナなどが使われた。 その後、さらに飛躍的に鋭い指向性を持つアンテナは1926年に東北帝国大学の八木、宇田によって発明 される。このアンテナは、給電されたダイポールの後ろに反射用の無給電ダイポールを配置し、前方には 複数の導波器を置くもので、八木アンテナと呼ばれる。 八木アンテナは当初短波通信に使われたが、航空機によって電波が妨害されることに気づいた英国でレーダー への活用が始まったとされる。 英国では、これらのマグネトロンや八木アンテナを用いた実用的なレーダがドイツ空軍からの攻撃に 対する防空識別に使われ、米国に技術が供与される。 (注)米国も基本的な技術を持っていたが、例えばマイクロ波の出力は英国のキャビティマグネトロンの 1000分の1しかなく、英国からの技術供与により戦艦の射撃管制や夜間戦闘機へのレーダーの実用化 が可能となった。 【2.初期のレーダーの受信電力性能を計算する】 1935年に英国でレーダーの概念が発表され、公開実験で航空機の検出に成功すると、1937年には米国 で対空レーダーSCR-268が開発された。 このレーダーは戦時中、日本が占領したシンガポールで説明書(ニューマン文書)とともに捕獲されているが 、八木アンテナが使われているのを知って日本側が唖然としたということである。 この初期の対航空機用レーダーSCR-268の性能を見てみよう。 ニューマン文書には次の情報が残されている。 パルスピーク電力 50kW~75kW (送信出力) 周波数 195MHz~215MHz 利得 20dB 最大探知距離 37km これらの条件から、このレーダーの最大探知距離での受信入力電力がどの程度であったのか計算して みよう。 最大探知距離ということは、送信出力が最大のときと見て、送信出力=75kW とする。 さらに波長が短いほど電波の減衰が大きくなるので、ここでは波長が最も長い場合を想定する。 波長が長いほど周波数は低くなるので、ここでは、最低の周波数=195MHz (1.95×108Hz)としてみる。 このような、レーダーや無線の世界の計算では、各物理量をデシベルに換算した値が計算に使われる。 一旦、デシベルに換算した後は、受信入力電力は次の式のように足し算、引き算で計算するので計算は 楽になる。 受信入力電力=送信出力+アンテナなどの利得-損失-自由空間伝搬損失 それでは、これらの各物理量をデシベルに換算して計算していこう。 送信出力 Pをデシベル換算した値P’を求めてみよう。 P=75 kW = 75000 Wなので P’= 10 log 75000 =48.75 (dBW) 次に電波が空間を伝搬するときの損失 L (自由空間伝搬損失)を求める。 対象物までの距離d、電波の波長をλとして、自由空間伝搬損失 L は次の式になる。 L=4πd2/λ2 ここで、 波長λ=光速度/周波数=3×108m/1.95×108Hz =1.54m 次に d については、レーダーの場合、電波は対象物に到達後に反射し、折り返してレーダーに受信されるので 往復した距離とする必要がある。従って、d=最大探知距離37kmの2倍=74km とする。 L =4π×(2×37000m)2/(1.54m)2=2.90×1010 これをデシベルに換算したL’は L’ = 10 log L =10 log (2.90×1010)=104.62 (dB) さて、ニューマン文書では、アンテナ利得は20dBということで、送受信区別の情報が特にない。 従って、アンテナの合計利得G、そのデシベル換算値をG’とするとき、G’=20dBとなる。損失については記載 がないので無視する。 受信入力電力を R 、そのデシベル換算値をR’とすれば 受信入力電力R’=送信出力P’+利得G’-損失-自由空間伝搬損失L’=48.75+20-0-104.62 =-35.87 (dBW) 受信入力電力R(W) とデシベル換算値 R’(dBW)の関係は、R’=10 log R なので R=10-35.87/10 =0.000259W=0.259mW 従って、最大探知距離での受信波の入力電力として必要な大きさは、0.259mW となる。 受信感度はdBmという単位で扱う。ここで 1mW = 0dBm と定義される。 上の計算では、SCR-268の受信入力電力は 0.259mW なので、単位をデシベルに変換すると R’ (dBm)=10 log R(mW)=10 log 0.259(mW) =-5.87 dBm となる。 【3.現在の市販機器との比較】 これらの値を2004年の市販アンテナやチューナーのスペックと比べてみる。 アンテナ利得は、さすがSCR-268は軍事用であり、なかなか優れている。 SCR-268 20dB 市販の中利得アンテナ 6~9dB 受信感度はどうだろうか。現代の市販チューナーは、非常に弱い受信入力電力でも受信可能 であり次のようになる。 SCR-268 -5.87 dBm 市販チューナー -80 dBm程度(3.98×10-8mW) 従って、現代の技術がいかに微弱な電波を捉えられるように受信感度で進歩したかが分かる。 (ホームへ) このページの無断転載、無断引用はお断りします。