量子ドットとシュレディンガー方程式(2005/10/10) これは'2002に(株)富士通研究所が公表した基板上に形成された量子ドットの映像である。 あまりにも微小な世界なので、原子間力顕微鏡で可視化された映像だと思われる。 映像中に50nm(nm:ナノメートルといい10-9m)のスケールがいれてあるが、水素原子が 約1オングストローム(1/10nm)なので、それでもおよそ水素原子500個分の長さである。 ((株)富士通研究所の公開したプレスより) 小さいもので約20nmの大小の量子ドットが規則正しく配置されているのがわかる。 このような技術は量子コンピュータの技術に直結しており、すでに数量子ドットを用いた回路で 動作が確認されている。 【1.量子ドットの自由電子のシュレディンガー方程式】 20nmの大きさの範囲に電子が閉じ込められた場合の電子のエネルギーを計算してみる。 通常の古典力学のエネルギー E の式は E=p2/(2m)+U (1) (ここでp:運動量であり、電子の質量をm、速度vとしてp=mvである。Uはポテンシャルエネルギー) このような微小な世界では下記の量子力学のシュレディンガー方程式を使う。 下記は時間的に変化しない定常的な状態のエネルギーの式である。 E・ψ=-h2/(8π2m)・∇2ψ+U・ψ (2) (ここでψ:波動関数といい、粒子の各場所における分布を表す関数である。ψ2は電子の存在 確率に比例する。 また∇2=∂2/∂x2+∂2/∂y2+∂2/∂z2、h:プランク定数である。) 古典的な波としては両端が固定された弦の振動が作る定常波は図1のようになる。 基板上で20nmの範囲に閉じ込められた量子ドットの電子の場合、波動関数(分布を表わす関数) の定常波としては図2のようなモデルを想定する。 電子は回りを超えられないような高いエネルギーの壁で遮断され、20nmの範囲に閉じ込めら れた定常波になっている状態を考える。 この電子は20nmの中でなんらの影響も受けず動ける自由電子と見れば、 ポテンシャルエネルギーU=0 となる。 さらにこの電子の振る舞いをまず一次元で考え、X方向のみを対象にすると、 シュレディンガー方程式は次のようになる。 E・ψ=-h2/(8π2m)・(d2/dx2)・ψ (3) 最も単純な関数としてψ=A・sin ax を適用して計算すると E・A・sin ax=h2/(8π2m)・a2・A・sin ax (4) E=(ah)2/(8π2m) (5) 量子ドット内ではポテンシャルエネルギーU=0であり、電子を束縛する力はなにもないが 量子ドットの大きさで決まる境界条件の制約は受ける。量子ドットの大きさを L 、電子の位置 を x とすると、電子が量子ドットの中に閉じ込められている場合は、図2から電子の存在する領域 が 0<x<L であり、x≦0 及び x≧L では存在しないから電子の波動関数は次のようになる。 ψ≧0 (0<x<L) ψ=0 (x=0 及び x=L) 従って、 ψ=A・sin aL =0となり、aL=nπ(n=1、2、3、・・整数)を満たさねばならない。 ∴a=nπ/L (n=1、2、3、・・整数) (6) ゆえに、電子の波動関数は下記となる。 ψ=A・sin (nπx/L) (n=1、2、3、・・整数) (7) ここでAの振幅は、電子の確率密度関数の規格化で求める量である。 (6)を(5)に代入すると、電子の波動関数に対応した電子のエネルギー E は下記となる。 E=(nh)2/(8mL2) (n=1、2、3、・・整数) (8) 式(8)で整数の値をとる n を主量子数という。エネルギーは主量子数に従いとびとびで無限に存在 することになる。つまり、主量子数 n は電子エネルギーの準位を決めるものであり、特に主量子数が n=1のときの最もエネルギーが小さい準位の状態を基底状態という。 量子ドット内の電子のように境界条件(量子ドット内に電子の存在領域が限られる)には束縛されるが 量子ドット内で自由に動ける粒子のエネルギーの大きさは、式(8)から閉じ込められた範囲 L の二乗に 反比例することがわかる。 プランク定数h=6.625×10-34(J・s)、電子の静止質量m=9.11×10-31Kgであり、L=2×10-8m(20nm) であるから、20nmの範囲に閉じ込められた自由電子の基底状態(主量子数 n=1)のエネルギーは E=(6.625×10-34)2/{ 8×(9.11×10-31)・(2×10-8)2 }=0.151×10-21 J (9) これは一次元のX方向だけで求めた値なので、Y方向、Z方向も同じように20nmまで電子が動ける ならば、(9)で求めた3倍のエネルギー( 0.452×10-21 J )程度になる。 【2. 量子ドット中の電子分布と波動関数】 次の映像は慶応義塾大学理工学部の斉木研究室のページで紹介されているものである。 実際の量子ドット(大きさ200nm)内の電子を近接場光学顕微鏡(分解能30nm)で捉えたもので あり、赤い部分が電子の存在確率が高いところである。基底状態では赤い部分(電子の存在確率が 高い部分)が一個、それより一つエネルギーの高い励起状態では赤い部分が二個ある状態が捉えら れている。 左のXの映像が基底状態のときで、右のX’の映像が励起状態である。 この映像は、先に示した量子力学で得られた式(7)の電子の波動関数を非常によい形で示す例である。 式(7)で基底状態 (主量子数n=1) のときと、次の一つエネルギー準位の高い (主量子数n=2) 励起 状態について波動関数を示すと次のようになる。 量子力学では、電子の波動関数ψの二乗が電子の存在確率を表す確率密度関数になる。 確率密度関数をある区間で積分したときの値はその区間の電子の存在確率を表す。 従って、0<x<Lで電子が必ず存在する場合は、次の式を満たすように波動関数の規格化をして 確率密度関数の振幅Aを求めることができる。 ∫ L0 ψ2dx = 1 基底状態(主量子数n=1)と励起状態(主量子数n=2)の確率密度関数ψ2 を 0 < x < Lの範囲で 表したのが下の図である。(L=200nm) 確率密度関数の振幅の大きいところ(電子の存在確率の高いところ)については、次のように 基底状態のときは一つ、主量子数 n=2の励起状態では二つになる。 上の近接場光学顕微鏡の映像は、電子の存在確率が高い部分は基底状態では一箇所、励起状態では 二箇所となっていることを明瞭に捉えている。 (ホームへ)