惑星大気の保持条件2(2009/04/05)
【1. 惑星を脱出する分子の割合の計算】
  
  惑星の大気は高度とともに指数関数に従って減少するが、ここでは、どの高度でも同じ気圧を
 持つ仮想的な大気で惑星を脱出する大気の割合を考える。
 この仮想大気の高度の上限をスケールハイトといい、スケールハイトも含んで、それ以下の高度
 では大気圧は変わらないことになる。ここで、この大気圧を P0とする。
 スケールハイトから惑星の外に脱出する速度を持つ大気分子の個数及び全大気中からの脱出
 確率を計算してみる。

 大気の温度が T のときの大気分子の分子量 M (kg/mol)とすると、平均速度 v は下記となる。
 v=(3RT/M)1/2 (1) (R:気体定数)

 ここで、スケールハイトの高度に単位面積を持つ水平面 F を仮定する。
 この水平面 F  に平均速度 v で質量 m の大気分子が毎秒 n 個 完全弾性衝突しているものと
 すると、水平面での大気圧は気圧 P0 と等しいので

 P0=n・(2mv)
 
 ∴n=P0/(2mv) ・・・(2)

 上の n は、スケールハイトの高度での単位面積あたりの水平面に対する平均衝突数である。

 スケールハイトの高度における惑星大気全体の平均衝突数は、n に惑星の表面積 Sをかけたもの
 とほぼ等しい。
 さらに、脱出速度を持つ大気分子の確率Pを乗じたものは、スケールハイトの高度から惑星を脱出
 していく大気分子の総数 nall とみなせるから

 nall=n・S・P=P0・S・P/(2mv) ・・・(3)
 (補足)
  脱出速度を持つ大気分子の確率Pについては当HPの「惑星大気の保持条件」の【2. Maxwell-
 Boltzmann分布からの考察】に示したとおり、
 平均温度Tで平均分子量Mの大気があり、気体定数をRとしたとき、速度 v の大気分子が存在
 する確率を表す確率密度関数は下記である。
 f(v)=4πv2・{M/(2πRT)}3/2・exp { -Mv2/(2RT) }

  従って、平均気温Tの大気で、脱出速度 V を超える大気分子の確率 P は
  P=∫V  f(v) dv 

  次に惑星の全大気分子数 N は大気圧 P0として、惑星の重力加速度g、惑星の
 表面積をSとすれば、アボガドロ数をAとして下記となる。

 N=(P0・S)/g/M・A=P0・S/(mg) ・・・(4)

 スケールハイト面から脱出する惑星の全大気分子に対する毎秒あたりの大気分子の確率K は
 K= nall/N
 ={P0・S・P/(2mv)}/{P0・S/(mg)}
 =gP/(2v)

 式(1)からv=(3RT/M)1/2であるから、上式は次のように書くこともできる。
 K =gP/{(2・(3RT/M)1/2} ・・・(5)

  惑星が毎秒で割合 K で大気を失うものとすれば、 t 秒経過後に、元の大気の全量=1として、
 大気の残量 z は次のように考えられる。
 z = (1-K) t
  =(1-K)  { (1/K) (t・K)}

 ここで K が非常に小さいときは (1-K)(1/K)=e-1 となるので

  大気の残量  z = e-K・t ・・・(6)

上記の結果から大気の残量が、元の大気の量の x %(z=x/100)になるまでの時間 t は

 t=-1/K ・ln(x/100) ・・・(7)

 (ここで K=gP/(2v) または K =gP/{(2・(3RT/M)1/2}、
  g:重力加速度、P:脱出速度を持つ大気分子の確率、v:大気の平均速度 、
 R:気体定数、T:大気の平均気温、M:大気の平均分子量)

【2. 月でのモデル計算】

 月はほとんど大気は存在せず 10-7Pa程度の大気圧とされる。月をモデルに大気を失った
 過程をこれまでに導いてきた式を使って推定してみよう。
 月の直径は3475km、地表面の重力加速度は1.622m/s2である。気体分子が月を脱出
 するのに必要な速度Vは
  V=(2・g・r)1/2=2374 m/s  

 月の地表面温度は 最低 40K、平均250K、最高396Kと推定されている。

 月は現在は地質学的には死んでいるとされるが、溶岩が流出した後もあるので、月の歴史の初期は
 炭素循環もあったと思われる。太陽を中心として水星より外側の地球型惑星、金星、地球、火星には、
 二酸化炭素ガスが存在する。但し、地球では海などの水に二酸化炭素が溶けやすく、植物や珊瑚など
 の活動で石炭や炭酸カルシウムの形で固定化されてきており、大気中の体積比は微量に留まる。

 Maxwell-Boltzmann分布の式を見ても分かるように、分子量の大きい気体分子ほど、天体から脱出
 しにくい。
 二酸化炭素(分子量0.044kg/mol)は、窒素(分子量0.028kg/mol)、酸素(分子量0.032kg/mol)に
 比べ、その天体に留まりやすいことになる。最も重い二酸化炭素ですら月は保持できないのか調べて
 みよう。
  二酸化炭素について、月の脱出速度2374m/sの分子の存在確率を計算してみよう。

 最高温度の場所の396K(=122℃)で計算すると月の全二酸化炭素量=1として、月から脱出可能な
 二酸化炭素分子の割合はMaxwell-Boltzmann分布の積分計算から下記となる。
 P=∫2374 f(v) dv=3.60×10-16
 
 さて、T=396Kのときの、スケールハイトを脱出する大気分子の確率 K を計算してみよう。
 K=gP/{2・(3RT/M)1/2}
  =1.62・3.60×10-16/{2・(3・8.31447・396/0.044)1/2}
  =8.31×10-18

 大気が元の1%になるまでの時間 t を計算すると

 t=-1/K ・ln(x/100)=-1/8.31×10-18×ln(0.01)=7.48×1018(秒)=9.89×109(年)

 月の温度が396Kのときは、大気が元の1%になる時間は約99億年となる。
 しかし、現在の月は誕生から地球と同じ46億年経て、ほとんど大気は存在しない。
 従って、月が誕生してから早い段階でなんらかの原因ですでに大気が希薄だったのではないかと考えられる。
 
  現時点で月の誕生から現在までの表面温度の推移に関しては不明だが、月面の温度を変えて大気を
 失う時間をシミュレーションしてみよう。以下は月の温度別に大気が1%まで減少する時間 t の計算結果
 である。各温度T(単位K)でのP、K、tを以下に示す。

 T=450K、P=3.05×10-14、K=6.62×10-16、t=1.25億年
 T=800K、P=4.31×10-08、K=7.02×10-10、t=117年

  月がどのように大気を失なったか、実際の原因は何かは不明であり、ここまでの計算は、あくまでも天体
 表面の重力加速度と気温によって決まる大気のMaxwell-Boltzmann速度分布からのシミュレーションで
 ある。原因を検討するひとつの材料として、天体の気温が大気を失なう大きな要因であることを示している。

  さらに、分子量の大きさも脱出速度を持つ大気分子の確率 P に非常に大きな影響を与える。現在の月の
 最高気温396Kの場所では、二酸化炭素が元の1%まで減少する時間は約99億年である。分子量が二酸
 化炭素より小さい窒素や酸素の分子は数万年から数十万年程度で1%以下に減少する。

【3.惑星の大気について】

  水星にはほとんど大気がないことが知られていて、水星は質量が小さく、重力が弱いので大気を保持
 できなかったという説明が一般的である。
  しかし、土星の衛星タイタンを例に取れば、質量は水星の半分であり、表面重力は1.35m/s2で
 水星の1/3弱(地球の約1/7で月よりも重力が小さい)であるにもかかわらず、地表面の大気圧は地球の
 1.6倍にも及ぶ濃密な大気を持ち、大気組成の97%は分子量が小さくて宇宙空間に逃げやすい窒素である。
 つまり、質量が小さくても、太陽から遠く温度が低ければ、十分に大気を保持できるという好例である。
 従って、惑星の質量が小さいからという理由だけで一概に大気が保持できないと結論することはできず、
 太陽からの距離や気温、大気の分子量などの様々な要因も含めて、大気の保持条件を見ていく必要が
 ある。

  水星は、冥王星が惑星から除外され、太陽系で最も小さい惑星となったが、月の4倍の質量を持つ。
 ここで、水星の大気が誕生当初、分子量の大きな二酸化炭素で構成され、平均温度もほとんど変化
 せず現在の700Kに至っているものと仮定して月のときと同じ計算をしてみると、水星の表面温度で決まる
 大気分子のMaxwell-Boltzmann分布で水星を脱出できる速度を持つ大気分子の確率は非常に小さくなり
 簡単に大気を失わないだろうという結果になる。では、なぜ水星にほとんど大気がないのだろうか?

  水星に関して大気の喪失に関連する説を調べ、目に付いたところでは次のようなものがある。

  説1:太陽風の影響で大気がはがされた
     この説では、水星は早期に地質学的な死を迎え、地磁気を喪失した。
     この結果、水星大気の太陽風による軽い分子への分解や太陽風により惑星大気が吹き飛ばされて
     しまったというものである。
     (筆者注:地磁気が全くないわけではなく地球の1%程度の地磁気があるようだ。早期の地質学的
     な死については、水星の質量が小さいことも原因と思われる)

  説2. 原始星段階の太陽が収縮するなかで、水星の表面温度が2500K-10000Kまで上昇した
     この説を基に、水星が当初、二酸化炭素の大気を持つと想定して、大気分子のMaxwell-Boltzmann
     分布に基づく計算を行ってみると、大気が元の1%に減少する時間は、平均気温1500Kなら3000万年
     程度、2500Kならば149年であり、確かに極めて短時間で大気を失う計算結果となる。

 つぎに、金星について見てみよう。

  金星は平均温度737K、最高温度773Kといわれて、非常に高温であり大気分子の速度も大きいが
 重力加速度は地球の0.8倍、半径は0.95倍でほぼ地球と同サイズである。また、大気がその重力を振り切って
 脱出可能な速度も約10300m/sと非常に大きい。
 
  重力と大気分子の速度分布の2つの条件だけから見れば、数千度の高温の時期があっても、二酸化炭素
 だけでなく、分子量の小さな酸素も窒素も、ほぼ半永久的に保持できる計算になる。

  しかし、金星の大気は二酸化炭素や硫酸から構成されていて、主に窒素や酸素で構成される地球大気とは
 大気組成は随分異なる。
 金星は高温のため、酸素や窒素は地表で大気分子として存在するよりも、化合物の形で存在するだろう。
 また、金星の大気に含まれる水蒸気の量は非常に少なく、これは金星には地球のような強力な磁場がなく、太陽
 光によって水分子が水素、酸素に分解され、太陽風で拡散されるといったことが原因とも言われている。

 以上のことから、天体の大気の保持と大気組成については、下記のような種々の条件が関係しているものと
 考えられる。
  ・天体の重力と大気分子のMaxwell-Boltzmann速度分布
  ・天体の大気温度と化学反応
  ・天体の地磁気の強弱と太陽風の影響
  ・恒星の光による大気分子の光分解
  ・その他


天体から脱出する大気分子の割合の計算ツール(2008/09/09) 与えられた質量、半径、平均密度を持つ球状天体の地表面で平均分子量 x (g/mol)の大気の分子で天体 を脱出する速度(第二宇宙速度)を持つ分子の割合、及び大気を失う時間を計算する。
下記の初期値は月の場合であり、地表面温度は誕生当初800K程度の溶岩に覆われていたものと 仮定し、大気は二酸化炭素分子(分子量44g/mol)を適用した。 【天体の条件】 天体の質量(地球の質量=1とする) 天体の半径(地球の半径=1とする) 天体の地表面温度K 大気の分子量(g/mol) 上記の条件の天体で大気が元の(%)になる時間を推定する 地表面の大気分子の平均速度は m/s 天体の重力加速度は m/s2 大気分子の第二宇宙速度Vは m/s 第二宇宙速度以上の速度を持つ大気分子の全大気に対する割合P=∫V f(v) dv (全大気=1) 天体のスケールハイトは (m) 天体の大気が指定の割合(%)になるまでの推定時間
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