温室効果ガスの赤外活性化(2008/04/28)

【1.分子内の原子の振動】

  分子は単一もしくは複数の種類の原子から構成され、原子同士がお互いの電子軌道の電子を共有
 する共有結合、または片方の原子からのみ電子が供給されて結びつく配位結合などで結びついている。

 この分子内の各原子は結合されているとはいえ、静止しているわけではなく分子内の基準の位置を中心に
 動きまわっている。各原子が小さな変位で振動しているとき、各原子を結びつける力はバネの力でよく知ら
 れるフックの法則に従った力が働くものとされる。
 振動には、伸縮、変角、ねじれといったものがあるが、ここでは伸縮振動で説明する。

 一次元で単振動する質量mの粒子の速度 v、位置の変位 x、バネの力の強さを表す定数を k とする。
  原点Oから距離 x だけ変位した粒子に働く力Fのについては F = k・x となる。
 
 粒子にはバネ以外の力は働かず、バネ自身のエネルギー損失もない理想的な条件を想定してみる。
 このとき、粒子の全エネルギー E は 運動エネルギーと位置エネルギーの和として次のように表される。 

  E=1/2・mv2+1/2・kx2 (1) 

 エネルギー E は条件から時間の経過によらず一定となるので、dE/dt=0 である。
 式(1)を時刻 t で微分した結果は下記のようになる

 dE/dt=mv(dv/dt)+kx(dx/dt)=0

  ここで、v=dx/dt 、dv/dt=(d2/dt2)x なので

 m(d2/dt2)x+kx=0 (2)

 (2)は代表的な単振動の式であり、x=A・sin(Ωt)と置いて、式(2)に代入すれば、次式を得る。

 Ω=(k/m)1/2  (ここで Ω:角速度)

 ∴粒子の振動数 ν=Ω/(2π)=(k/m)1/2/(2π)  (3) 

  簡単な例として異種類の原子2個から成る分子(異核二原子分子ともいう)の原子結合にもフックの法則を
 適用してバネの運動として扱い、原子間結合の振動数νをもとめることができる。

 

 求めた結果を示すと、式(3)とよく似た次の式が得られる。
 (動かない壁にバネでつないだ粒子と異なり、質量が m ではなく μ であることに注意)

 原子間結合の振動数 ν=(k/μ)1/2/( 2π )  (4)

 ここで、k は原子間結合の強さを表す定数で単位は N/m である。
 μは換算質量(reduced mass)と呼ばれ、原子Aの質量をMa(Kg)、原子Bの質量をMb(Kg)として次のようになる。
  μ=Ma・Mb/(Ma+Mb) 

  (注)換算質量は高校物理では習わない。大学の物理では量子論でよく目にするが、内容的には式(1)から式(3)で
   説明の高校物理の知識の延長で求められる。換算質量の詳細はここに示す。
 
  【2.気体分子内の原子の振動と電磁波吸収】 

 分子内振動と赤外領域の電磁波の相互作用を見ていこう。
 一般に、赤外領域の電磁波を分子に照射すると、分子内の原子間で分極している(すなわち、+、-の電荷
 の偏りがある)ものでは双極子モーメント(=電荷×距離)に変化が生じることがある。
  このような分子では分子内の原子結合の振動数と同じ振動数付近の赤外線が吸収され、これを赤外活性と
 いう。

  ある物質の分子の一部を構成する原子結合で赤外線吸収スペクトルなどで特有の波数で反応するものを
 官能基と呼ぶ。これを用いて赤外線吸収スペクトルによる物質の特定ができる。
 例えば、アルカン(注)のC-Hやニトリル(R-C≡N)のC≡Nなどは、ある一定の範囲の振動数の赤外線の吸収
 スペクトルに反応が現れるので官能基である。これらの官能基はスペクトル分析で物質がどのような構成か
 調べるのに用いられる。
 (注)ここではアルカンの構造(CH3(CH2)nCH3)を簡略化して、記号Rで表す。

  例えば、測定したい気体に赤外線をあてて、透過してきた光について分光器で光の波長に応じて光を取り
 出したもの(これをスペクトルという)を調べると、分子内の原子結合の振動数と同じ振動数付近の赤外線が
 気体の分子に吸収されるため光の強度が弱くなって観測される。つまりIR(InfraRed)スペクトル(=赤外線吸収
スペクトル)分析では、どこの波長(または波数)で大きな吸収がみられるかを測定して分子構造を調べる。
 分子がそれを構成する原子間結合の振動数と等しい振動数の電磁波(光)を吸収することについては、興味
 のある方は当HPの量子論の「ゼロ点振動」を参照するとより理解が深まるだろう。2008/11/29追記)

   もっとたくさんの種類の原子を含む複雑な分子についても、分子内の原子核の振動については量子化学の
 分野で研究されている。
 双極子モーメントが変化するものは赤外線吸収スペクトル分析、分極率が変わるものはラマンスペク トル
 分析などで分子の振動と電子状態の関係が研究されている。

 分子に吸収される赤外線は一般に振動数ではなく 1cm あたりの光の波の数、すなわち波数(cm-1)で表される。

 2原子分子の場合は、 式(4)を利用して原子結合の振動数νと同じ振動数の電磁波の波数 n (cm-1)を求める
  ことができる。光速度をCとすれば

  n = ν/C=(k/μ)1/2/(2πC)  (5)

 式(5) は 2原子分子1個に関する式であり、換算質量の単位も kg である。 しかし、我々が通常使う原子の
 質量の単位は1mol あたりの量であり、単位もkgではなく g である原子量(g/mol)を用いることが多い。
  1molとは、分子あるいは原子が6.02×1023個 (=アボガドロ数:ここではA0とする)集合した量である。

 式(5)を使うときには、原子1個単位の質量(kg)から換算質量を求めなければならない。
 ところが、各々の原子の1個の質量を原子量から求める場合は、原子量をアボガドロ数A0で割って、g(グラム)
 単位の原子1個の重さを求め、次にKgに変換し、さらに換算質量の式を使って計算するのは面倒である。
 そこで、式(5)を換算質量の単位を Kg ではなく、Kg/mol で計算できるように変形してみる。
 
 2原子分子の振動に関する換算質量(単位: Kg/mol )については、次の式で求められる。
 理科年表などに載っているMaに原子Aの原子量、Mbに原子Bの原子量を用いて、次の式で計算すれば良い。
   μ=Ma・Mb/(Ma+Mb)/1000
   (μ:換算質量( Kg/mol )、Ma:原子Aの原子量、Mb:原子Bの原子量)

  換算質量( Kg/mol )を使って、波数 n (cm-1)を計算する場合は、式(5)を変形した次の式を用いる。

  n (cm-1)= 4.11979・(k/μ)1/2  (6) (ここで k:N/m、換算質量μ:kg/mol)

 【3.水、メタン、二酸化炭素の電磁波吸収】

  水やメタン、二酸化炭素の分子の振動については、分子振動を詳しくアニメーションで提供するサイトや、
  波数の理論計算値と実測値などのデータを紹介しているサイトがあるので是非そちらを参照されたい。
 
 ここでは、以下の3つの振動について、結合の強さを表す定数 k と 実測された波数(cm-1)から、赤外活性化
 されたときの気体1molあたりの赤外線の吸収エネルギー量を比べてみよう。 

 1) 水(H2O)の分子の酸素原子と水素原子(O-H)の原子間結合の振動
 2)メタン(CH4の分子の炭素原子と水素原子(C-H)の原子間結合の振動
 3)二酸化炭素(CO2)の炭素原子と酸素原子(C=O)の原子間結合の振動

 2原子分子の場合は、原子間結合の強さの定数 k (N/m)は、吸収される赤外線の波数 n (cm-1)の実測値
 の値を用いて、式(6)を変形した次の式から求めることができる。

 k = 5.9×10-2 ( μ ・ n2)    (7)

  上記1)~3)は3原子以上を持つ多原子分子の振動であり、量子化学の分子軌道法などを用いた計算を用いて
  解析していくべきだが、ここでは2原子分子の式 (6) を当てはめて、おおよその結合定数 k を求めてみよう。
 上記の原子間結合を振動させる電磁波のエネルギー E は プランク定数 h、電磁波の振動数ν及び光速度C の
 関係から次の式で求めることができる。
 E=hν=h・C・n=6.625×10-34(J・s)×(3×1010)(cm/s)×n(cm-1)=1.9875×10-23n

  赤外活性による 1mol(原子または分子がアボガドロ定数A0=6.02×1023個集まった量)の吸収エネルギーは
 Emol=A0・E=0.01196475・n (kJ/mol)   (8)

 さて、O-H結合、C-H結合、C=O結合について、換算質量を求め、各結合の波数から、式(7)と式(8)で結合
定数と吸収エネルギーを計算すると次のような結果になる。

分子の種類と振動のタイプ原子間結合換算質量
μ(kg/mol)
波数
n cm-1
結合定数
k (N/m)
吸収エネルギー
Emol(kJ/mol)
H2O(逆対称伸縮振動)O-H0.000948375678944.939
H2O(全対称伸縮振動)O-H0.000948365774843.755
CH4(伸縮振動)C-H0.00093300049335.894
CO2(逆対称伸縮振動)C=O0.006862349223428.105
  (注)メタンのC-H結合についてはアルカン類のC-Hの波数の値を用いた。   CO2には全対称伸縮振動(波数1333cm-1)の振動もあるが双極子モーメントは変化せず赤外不活性の ため除外した。   C-H結合の強さは k= 500 (N/m)程度とされるが、式(7)の計算でも 493 (N/m)と近い値が得られる。  次に、原子間の結合はO-H、C-Hの結合よりもC=Oの二重結合の方が強い結合であること、電気陰性度  (電子を引き寄せる力)の強い酸素を持つO-H結合の方がC-Hの結合よりも強い結合であることが分かる。  また、結合する原子が軽くて、結合が強いほど波数、すなわち吸収する光のエネルギーが大きくなる傾向が  分かる。  吸収するエネルギーは、二酸化炭素のC=O結合よりも、水のO-H結合やメタンのC-H結合の振動のほうが  大きいことも分かる。   ここでは分子の中の2原子間の結合(O-H、C-H、C=O)に注目して赤外吸収を見てきたが、2個以上の原子 から成る分子では、量子化学の分子軌道法を用いて分子内の振動の解析がされており、たくさんの基本的な  振動(基準振動)のパターンがわかっている。  正4面体のメタンでは赤外活性となる基準振動は4つあり、約1300cm-1から約3100cm-1までの領域で4つの  異なる波数の赤外線を吸収して赤外活性となる。ここで示したC-H結合の振動はメタンの4つの基準振動の  の伸縮振動の一部であり、メタンはもっとたくさんの熱量を吸収する。  IPCCの2001年報告ではメタンは二酸化炭素の23倍の熱吸収があるとされている。 赤外活性化された温室効果ガスの分子は、窒素や酸素の非赤外活性分子と接触して失活しながら、これらの 非赤外活性分子にエネルギーを伝えることで周りの大気の温度を上昇させていく。  水蒸気、二酸化炭素、メタンといった温室効果ガスの熱吸収の量を求めてみたが、水蒸気の場合は雲となって  アルベド(太陽光の反射能)を増加させたり、対流による宇宙への廃熱による冷却効果により温暖化を抑制する  側面もあるとも言われており、他の温室効果ガスとは違う特性を持つことに注意を払う必要がある。 (ホームへ) このページの無断引用を禁じます。
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