大気圏突入時の空力加熱(2006/12/30) 【1.断熱圧縮と輻射加熱】 音速の数十倍で大気中を飛行する物体は進行方向の正面に衝撃波と圧縮された大気の層が 発生する。このとき物体は主に二つの種類の加熱を受ける。 隕石など地球大気圏に高速で突入する物体が空気との摩擦で燃え尽きるという話を聞くが、 摩擦熱ではなく、実際は、断熱圧縮による隕石正面の高温の圧縮大気層による対流加熱と圧縮 大気層からの輻射加熱といった2つの加熱が主要因である。 対流過熱は隕石に衝突してせき止められた大気の運動量が熱に変換されるもので速度の3乗に 比例すると言われている。 輻射加熱は隕石正面で断熱圧縮された高温の大気層から放射される電磁波による加熱である。 (2008/2/10追記) (断熱圧縮) 高速の物体の進行方向正面で熱のやりとりを行うことができないほど極めて短時間に大気が 圧縮されるため、内部エネルギーが増加し大気温度が上昇する。 大気をほぼ理想気体に見立てた場合、 気体の量 n(モル)、温度をT(K)、圧力をP、体積をV、比熱比γとしたとき 断熱圧縮では、ポアッソンの式PVγ=一定が成り立ち、さらに気体の状態方程式 PV=nRTから、TVγ-1=一定が成り立つので、温度の想定ができる。 尚、断熱圧縮に関してWEB上の科学系HPやスレッドで議論されている内容で誤解を防ぐために 別ページで補足している。興味のある人は断熱圧縮(補足)を参照。 (2017/8/5追記) (輻射加熱) 圧縮された大気から発生する電磁波のエネルギーが物体を加熱するものである。 例えば、鉄の棒を加熱していくと最初は赤みを帯び、さらに温度が上がるにつれ黄色となり正視 できなくなるほど輝きを増し、大量の赤外線も出すので非常に熱く感じる。 光も電磁波であり、物体はその温度に応じて回りに電磁波を出しているのがわかる。 この現象は、オーストリア・ハンガリー帝国のヨーゼフ・シュテファンによって、放射する電磁波の 全エネルギーはその物体の温度の4乗に比例することが実験的に明らかにされ、1879年に発表 された。理論的な解析は弟子のルードビッヒ・ボルツマンが行ったので、シュテファン・ボルツマン の法則と呼ぶ。(興味のある方は黒体輻射について調べてみるとよい) 結論から先に言えば、高速になるほど輻射加熱の影響が非常に大きい。 【2.断熱圧縮での発生温度】 ここでモデルを仮定してその影響を見てみる。 高度40kmで約マッハ40(13260m/s)で隕石が大気圏を落下している状況を考える。 隕石は進行方向の投影面積1m2で空気抵抗係数λ=0.5 (CDの場合は CD=1) とする。 隕石に作用する大気の抵抗による減速の加速度は、隕石の速度をv(m/s)、慣性抵抗係数を αとすると (注:当HPの「1.空気抵抗理論 §1 空気抵抗(慣性抵抗)理論式」を参照) dv/dt=-αv2 (α=ρSλ/M、 ρ:大気密度、S:投影面積、λ:空気抵抗係数 、M:隕石の質量) ∴dv/dt=-ρSλ/M・v2 上の式を変形して、投影面積(=1m2)あたりの大気による隕石への圧力の大きさ Prを求める。 圧力の大きさなので上記の式で隕石に対する反発を表すマイナス符号は外すことにする。 Pr=M(dv/dt)/S=ρλv2(N/m2) (A) または Pr=ρλv2/101325 (気圧) つまり、これが隕石正面で圧縮された大気の圧力であり、隕石に働く大気の圧力となる。 高度40kmでは、大気密度ρ=3.996×10 -3kg/m3である。 この大気中を空気抵抗係数λ=0.5、速度 v=13260m/s で落下する物体に働く大気圧(気圧)は Pr=ρλv2/101325=(3.996×10 -3)×0.5×(13260)2/101325=3.467(気圧) 大気が断熱圧縮されるとき、元の気体の圧力をP1、体積をV1、圧縮後の 圧力を P2、体積を V2 とすると、ポアッソンの式(PVγ=一定)から、次の式が得られる。 V2=V1・(P1/P2)1/γ (B) ここで、Pr=P2 なので、比熱比γ(注1)を用いて単位体積あたり(V1=1)で上の式を適用すると、 V2=V1・(P1/P2)1/γ =1・ { P1/(ρλv2/101325) } 1/γ ∴ V2= { 101325・P1/(ρλv2) } 1/γ (C) (注1)比熱比γについて 大気のほとんどを占める窒素分子や酸素原子は2原子分子であり、比熱比は通常γ=7/5=1.4 である。 しかし、マッハ40といった高速度の隕石正面の大気は電離してプラズマ状態になっていると考えて 単原子分子の場合と同じ比熱比γ=5/3≒1.6667で計算する。 高度40kmでの大気密度ρ=3.996×10 -3kg/m3、気圧P1を0.002834として、 空気抵抗係数λ=0.5、速度 v=13260m/sなので V2={ 101325*0.002834/(3.996×10 -3*0.5*132602) } 1/1.6667=0.014043 ポアッソンの式(PVγ=一定)に、気体の状態方程式PV=nRTを適用すればTVγ-1=一定の関係が 得られる。従って、圧縮前の気体の温度をT1、圧縮後の気体の温度をT2とすれば、下記の式となる。 T2=T1・(V1/V2)(γ-1) 圧縮前の気体の温度を高度40kmで-22.81℃(250.35K)とすると、T1=250.35、圧縮前後の体積の比 V1/V2=1/0.014043=71.20743であるから ∴圧縮後の気体の温度 T2=250.35・(71.20743)(1.6667-1)=4301K これが断熱圧縮による隕石正面の「平均大気温度」となる。実際には物体の形状により圧縮大気が逃げ場を失ない 最も圧力が高くなった場所をよどみ点(stagnation point)というが、ここでは「平均大気温度」より更に高温である。 【3.輻射加熱】 輻射加熱を求めるために圧縮された大気層の面積を想定する。ここでは隕石の投影面積に等しい1m2 の圧縮大気層ができるものと仮定する。 シュテファン-ボルツマンの式から、温度T(K)の黒体から出る放射エネルギー I (単位はW・m-2)は、 次の式で与えられる。 I=σT4 (σ=5.67×10-8W・m-2K-4) 隕石の正面で発生した断熱圧縮による圧縮大気層の温度は4301Kであったから圧縮大気層から隕石が受ける 単位面積(1m2)あたりの平均放射エネルギーをこの式で計算する。 I=5.67×10-8 ×4301K4=19402640W・m-2=19.4MW・m-2 この熱量は輻射率100%とした場合であり、実際の輻射率を考えると放射エネルギーはこれより小さくなるが、 大気圏通過時の圧縮大気の密度がピークとなるところの近傍では膨大な輻射熱を受けることが想定される。 【4.輻射加熱の影響】(2007/06/04訂正) 隕石の速度と断熱圧縮、輻射加熱の影響を考えてみる。 隕石正面の大気の圧力Prの式 Pr=M(dv/dt)/S=ρλv2 ポアッソンの断熱圧縮式から得られる式 V2=V1・(P1/P2)1/γ (ここで、P1:圧縮前の気圧、V1:圧縮前の体積、P2:圧縮後の気圧、V2:圧縮後体積) ポアッソンの断熱圧縮式と理想気体の状態方程式から得られる式 T2=T1・(V1/V2)(γ-1) (ここで、T1:圧縮前の気温、V1:圧縮前の体積、T2:圧縮後の気温、V2:圧縮後体積) これらの式で、Pr=P2として、隕石の速度vと断熱圧縮後の気温T2の関係を 整理すると下のようになる。 T2∝v2(1-1/γ) 隕石の速度が隕石正面の大気をプラズマ状態にするほど大きくない場合は、比熱比として二原子分子の γ=1.4を適用すると 圧縮大気層の温度T2は速度の0.57乗に比例し、輻射加熱はT2の4乗に比例するので速度の2.28乗に 比例する。 隕石の速度が大きく隕石正面の大気がプラズマ状態になっている場合は、比熱比として単原子分子の γ=5/3を適用すると、 圧縮大気層の温度T2は速度の0.8乗に比例し、輻射加熱はT2の4乗に比例するので速度の3.2乗に 比例する。 【参考】空力加熱の実験式 Detra-Kemp-Riddellの式では、加熱は速度の3.15乗に比例する 断熱圧縮による圧縮大気層の温度及び輻射加熱とも速度が増加するほど、増大するが、圧縮大気層が プラズマ状態のときの圧縮大気層の温度上昇及び輻射加熱は非プラズマ状態のときに比べて著しく増加する だろう。
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