台風の風速(2014/01/14)
【1.傾度風の方程式】
当HPの「台風の目の形成」のページではコリオリの力によって台風の中心に向かって吹き込む風の風向が変化
し、コリオリの力の大きい緯度の高いところほど、台風の目が速く形成されるであろうことを考えてきた。
但し、そのページで導かれる風速は気圧傾度とコリオリの力によって導かれる地衡風の風速であり現実の台風の
風速に比べて非現実的な大きさとなる。実際には台風の中心に向かっていくほど遠心力は無視できなくなり、
遠心力と気圧傾度及びコリオリの力が釣り合う傾度風の風速で考える必要がある。このページでは傾度風の考え
で台風の風速を説明する。
台風の中心には、台風の目と呼ばれる無風の領域がある。衛星画像などで黒く見える台風の中心部分を白い雲が
渦を巻いて取り巻いているが、その黒い円の部分が台風の目である。
台風の目の黒い領域と雲で取り巻かれた白い領域の境界では、
台風の中心に向かって大気を近づけようとする気圧傾度の力 A に対して太陽の中心から大気を遠ざけようとする
遠心力 F 及び コリオリの力 C が釣り合うため、大気は台風の内側にも外側にも進めず、水平方向の風向は円周
の接線方向となる。一方、垂直方向には台風の目の周囲に沿って上昇していく。
水平方向について力のつり合いを考えると、
気圧傾度の力 A = 遠心力 F + コリオリの力 C となる。これが傾度風の方程式である。
さて単位体積の大気に関して、この運動方程式を考えると
大気密度ρ、台風の目の周囲の風速を V 、台風の中心からの距離 R、地球の自転の角速度Ω、台風の目の緯度をψ、
気圧傾度の力 A とすれば、以下の式(1)のように表現できる。
ρV2/R の項が遠心力、2ρΩV sinψがコリオリの力である。
A=ρV2/R+2ρΩV sinψ (1)
k=2Ωsinψを用いて変形すれば
AR/ρ=V2+kRV (2)
式(2)を風速 V に関する2次方程式として解けば、下記が傾度風の最大風速となる。
V={-kR±(k2R2+4AR/ρ)0.5}/2 (3)
ここで台風の風速として意味のある解は式(3)の演算子の±が+の場合である。
気圧傾度は2地点についての気圧差を2地点の距離で割ったものである。
台風が同心円の等圧線の気圧を持つ場合を考えて、台風の目の中心からある一定方向にある2地点X、Yを考える。
Xを台風の中心から半径 rxの地点、Yを台風の中心から半径 ryの地点とする。
Xでの気圧を Px、Yでの気圧を Pyとすると
A=(Py-Px)/(ry-rx) (4)
従って、観測地点の大気圧、距離を基に式(4)で気圧傾度の力を求め、式(3)で台風の目の周辺付近の風力を求める。
式(4)、式(3)における気圧 Py、Pxの単位はPa(パスカル)、ry、rxの単位は m、大気密度ρ=1.25kg/m3である。
【2.台風の気圧分布】
台風の気圧分布に関しては、いろいろな理論式が研究されているが、その中で引用されたり、ベースとなっている
よく知られた理論式として 次に示す Schloemer の提案式がある。
P(r)=Pc + Dp・e-1/|x| (5) (Schloemer の提案式)
ここで r:台風中心からの距離(km)、P(r):台風中心から距離 r での気圧(hPa)、Dp:中心気圧降下量(hPa)、
x=r/RM、RM:最大旋衡風速半径(km)である。
また、本ページでは中心気圧降下量は Dp=標準大気圧-台風の中心気圧 とする。
x は最大旋衡風速半径 RMを基準とする r の相対的な距離とみることができる。
(中心気圧980hPaの台風のSchloemerの式による気圧分布)
この相対的な距離 x に対する P(r) の変化を、式(5)を x>0 の場合で微分してみよう。
dP(r)/dx=Dp・x-2・e-1/x (6)
さて、dP(r)/dx は相対的な距離 x を用いた気圧傾度とみなせるので、気圧傾度の最も大きいところを調べてみる。
式(6)を微分して、極値を確認してみよう。
d2P(r)/dx2=Dp・e-1/x(-2x-3+x-4)
極値を持つ時は、d2P(r)/dx2=0 であるから
-2x-3+x-4=0
∴x=1/2
従って、気圧傾度の最大の地点は、最大旋衡風速半径 RMの1/2の距離ということになる。
【3.台風の風速】
台風の外縁部から台風の目に中心に近づくほど、風速は増加し、特に台風の目の周囲では風速の
向きは台風の目のふちの円周の接線方向になるので、コリオリの力よりも遠心力の影響が顕著に
なり、また強い台風ほど気圧傾度 A が大きいので遠心力は支配的になる。
式(3)でコリオリのパラメータ k を含む項が無視できるなら、どうなるだろうか考察してみよう。
傾度風の最大風速の式として知られる式(3)はぐっと簡単になり、下記のようになる。
V=(AR/ρ)0.5
上の式の R は最大旋衡風速半径 RMに他ならないから
V=(ARM/ρ)0.5 (7)
次に、x=r/RMから、Schloemerの気圧分布式の式(6)でr=RMのとき、相対距離は x=1 であり、
dP(r)/dx=Dp・e-1
また、dx=dr/RMなので、上の式は次のようになる。
dP(r)/dr=Dp・e-1/RM
さらに、A=dP(r)/drであるから
A=Dp・e-1/RM (8)
傾度風の式(3)でコリオリパラメータの影響を無視して導いた最大風速の式(7)と
Schloemerの気圧分布式の式(6)から導かれる式(8)を組み合わせてみよう。
式(7)に式(8)を代入すると中心付近の平均最大風速 V は次のようになる。
V=(Dp・e-1/ρ)0.5
ここで大気密度ρ=1.25kg/m3として、e=2.8182818・・・であるから、
V=0.54 Dp 0.5 (9)
ここで Dp(中心気圧降下量)の単位は パスカル Pa であり、Dp=標準大気圧-台風の中心気圧 である。
標準大気圧=101325Pa 、台風の中心気圧の単位もパスカル(Pa)で Dpを計算する。
中心気圧だけから、最大風速を求める簡易な式としては下記が知られている。
V=7×(1010-台風の中心付近の気圧)0.5 (10)
(但しこの式の場合の気圧の単位はミリバールまたはヘクトパスカルであることに注意)
さて、このページで考えてきた式(9)と一般的に知られている式(10)の計算結果と実際の台風に関する気象庁解析、
米海軍解析の最大風速データを確認してみよう。
以下の台風に関する気象庁解析、米海軍解析はwikipediaに掲載されているものである。
米海軍解析の値はノット(knots)であり、1 knot=0.514 m/s であるので、これに基づき m/s に変換して
いる。
<表 最大風速の比較>
発生年 | 台風番号 | 気圧(hpa) | 風速(m/s) (気象庁解析) | 風速(m/s) (米海軍解析) | 風速(m/s) 式(9)計算値 | 風速(m/s) 式(10)計算値 |
平成 2年 | 台風19号 | 890 | 60 | 75 | 61 | 77 |
平成16年 | 台風18号 | 925 | 50 | 64 | 52 | 65 |
平成23年 | 台風12号 | 970 | 25 | 28 | 35 | 44 |
平成23年 | 台風15号 | 940 | 45 | 59 | 47 | 59 |
平成24年 | 台風17号 | 905 | 55 | 72 | 57 | 72 |
平成25年 | 台風18号 | 960 | 30 | 33 | 40 | 49 |
平成25年 | 台風26号 | 930 | 45 | 59 | 50 | 63 |
平成25年 | 台風27号 | 920 | 55 | 72 | 53 | 66 |
平成25年 | 台風30号 | 895 | 65 | 87 | 60 | 75 |
上の表から、下記のことが分かる。
1)常に米海軍解析値 > 気象庁解析値 である(米海軍解析は最大瞬間風速?)
2)中心気圧が950hpaより低い「強い台風」の場合
・本ページで考えた式(9)の計算値≒気象庁解析値であり、一般的な近似式(10)の計算値≒米海軍解析の値である。
また、強い台風ほど計算値と解析値はよく一致する
3)中心気圧が950hpaより高い「弱い台風」の場合、
・式(10)よりも式(9)のほうが気象庁解析値や米海軍解析値に近い結果を与える。弱い台風では計算値と解析値の
一致は悪くなり(※)、計算値は解析値よりも大きな値になる。(※:コリオリの力が無視できなくなるため)
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