軽戦車の意外な実力 in '1939 (2008/06/10) ノモンハン事件とは、満州国とモンゴルの国境をめぐって1939年5月から9月にかけて発生した 軍事衝突で、日ソとも大きな損害を出したが最終的にはソ・蒙の主張する国境でほぼ決着した。 この戦闘を扱った書物には、日本の戦車はまったくソビエト軍戦車に歯がたたないと記述して いるものもある。私の愛読する作家の一人でもある司馬遼太郎氏の書物の中でもそのような 記述がある。ここでは、日本の戦車の実力について物理的な計算を交えて検討してみたい。 ノモンハン事件時のソビエト軍の戦車、装甲車に搭載された45mm砲は1500m以上の 長距離から全ての種類の日本軍戦車を撃破できる能力があった。 それでは、日本軍戦車の装甲貫通力はどれくらいだったのか、当HPの空気抵抗理論の §1、§2で導いた計算式を使って計算してみよう。95式軽戦車(以下ハ号)の37mm砲でBT-5、BT-7戦車の装甲を貫通可能な射程距離について 調べてみる。 式(2-2)は弾道上の2箇所の飛距離とそこでの装甲貫通力から、係数 α を求めるものであり、 この係数 α が砲弾に作用する空気の慣性抵抗の程度を表している。 ハ号の94式37mm戦車砲の装甲貫通能力は下記である。 飛距離La=100m で鋼板貫通力はD(La)=30mm 飛距離Lb=300m で鋼板貫通力はD(Lb)=25mm (WEBサイトWWⅡAFT ABILITY CHART(WAAC)からのデータを参考にしている) 係数 α は式(2-2)から α=-1/2・ln(25/30)/(300-100)=0.0004558 求められた係数 α を基にBT-5、BT-7戦車の装甲を貫通できる距離を式(2-2a)で計算する。 BT-5、BT-7戦車の最大装甲厚は13mmであるが、被弾径始を取り入れており、ここでは3割 ほど防御効果が増すものとして、BT戦車の防御力を17mm相当と仮定する。 さらに日ソの装甲の鋼板の強度もそれほど変わらないとすれば 式(2-2a)から、係数 α =0.0004558、貫通力D(x)=17mm として 飛距離 x =-1/(2α)・ln { D(x)/D(La) }+La =-1/(2・0.0004558)・ln (17/30) +100=723 ∴x =723m 式(2-2)、(2-2a)は空気抵抗を受ける砲弾の運動エネルギーと侵徹長の関係から導いており 運動エネルギーから見て、723m以内でBT-5、BT-7戦車の装甲最厚部を貫通して撃破可能という 計算になる。 また、この距離 L=723m での、砲弾の存速V(L)(m/s)は、砲弾の初速V0=600m/sなので 式(1-4)から V(L)=V0・e-αL =600・e-0.0004558・723 =431.6m/s ここでは、もう一つ砲弾の弾殻の強度についても言及しておかねばならない。 なぜならば、旧軍の実験では表面硬化装甲に対して衝突するときの砲弾の速度が450m/s以上 で砲弾の弾殻が割れるという現象が知られているからである。運動エネルギーが十分でも弾殻の 破砕が起これば、装甲を貫通することはできない。 命中距離が短くなれば空気抵抗を受ける距離も短いので、ある飛距離以内では砲弾の速度は 450m/sを超えてしまう。(式(1-4)から逆算すると631m以内である) このため、約600m以内の近距離では弾殻が破砕してしまい、貫通できないのではという懸念が残る。 しかし、 歴史群像太平洋戦史シリーズ(25) 陸軍機甲部隊(学研)(著述:古是三春氏)には 300mから500mの中距離でハ号は敵戦車、装甲車を貫通して撃破と記載されている。 この記述を元に考えるとソビエト軍の戦車や装甲車の装甲の表面硬化処理が施されていなかったか、 または不十分だった可能性もある。 また同文献では、1500mでもソビエト軍のBT戦車、装甲車に有効打を与えたとある。 式(2-2b)を用いると、1500mで貫通可能な装甲厚は D(x)=D(La)・e-2α(x-La) =30・e-2・0.0004558(1500-100) =8.37mm また、この距離 L=1500m での、砲弾の存速V(L)(m/s)は、 V(L)=V0・e-αL =600・e-0.0004558・1500 =302.8m/s ソビエトのBT戦車やBA-10装甲車の装甲の薄い部分が6mm~8mmだとされている。 従って、ここで計算した D(x)=8.37mm の値は、装甲の薄い部分に命中すれば貫通可能な 値である。 89式中戦車の57mm砲はどうか?意外に思われるかもしれないがハ号の37mm砲より威力は 劣るのである。理由は、(装甲貫徹力)∝(装甲に対する単位面積あたりの砲弾の運動エネルギー) となるからである。 先述の文献では、89式中戦車の場合、短砲身のため初速が遅く射距離100mでの装甲貫徹力が 10mm程度(注)となっている。 (注)別の資料では射距離100mでの装甲貫徹力が17mmとするものもある。 ただ、同文献では、中戦車もガソリンエンジンであるソビエト軍戦車の機関部を狙って榴弾に よる集中射撃を行い、装甲が貫通できなくても炎上させて撃破したとの記述もある。 これについてはソビエト軍戦車がガソリンエンジンであり引火しやすかったことが原因とされて いる。 いづれにせよ日本軍戦車がBT戦車の最厚の装甲を貫通して撃破できるのは計算上では約700m 以内と思われるが、ソビエト軍戦車、装甲車の45mm砲の威力は1500mの距離から、いかなる日本 の戦車も確実に貫通する能力があった事は疑いない。 ところが、日本軍戦車との戦車戦でソビエト軍戦車及び装甲車が撃破されている実例があると いうことは、ソビエト軍戦車が近距離、中距離の戦闘を余儀なくされたことを意味している。 具体的に書けば、ソビエト軍戦車、装甲車は高威力の戦車砲を持っていたが対戦車戦闘では 遠距離からは命中弾を与えられず、日本軍戦車は相手の装甲を撃破できる近距離~中距離の 有効な射程距離まで機動して先に有効弾を与えたということになる。 尚、ノモンハン事件についてはここにまとめてみた。 (ホームへ) (注)当HPの§1.空気抵抗理論からの式(1-4)、(2-2)、 (2-2a) 、(2-2b)は筆者に帰属します。
対戦車戦闘では徹甲弾はほぼ水平弾道で相手の装甲に到達するので、当HPの空気抵抗理論の §1の理論式(1-4)及び§2の理論式(2-2)、さらに式(2-2)を変形した式を適用してみよう。 (1)距離 La での貫通厚D(La)、飛距離 Lb での貫通厚D(Lb)のとき、砲弾の慣性抵抗に関する 係数 α は次のように計算できる。 α=-1/2・ln { D(Lb)/D(La) }/(Lb-La) ----(2-2) ここで係数 α の定義は次のようになる。 α=ρSλ/M (ρ:大気密度(Kg/m3)、S:砲弾の進行方向の投影面積(m2)、λ:空気抵抗係数、 M:砲弾の質量(Kg)) (2)αが既知であり、飛距離 La での貫通厚D(La)が既知のときに 貫通力がD(x)となる飛距離 x は x=-1/(2α)・ln { D(x)/D(La) }+La ----(2-2a) (3)αが既知であり、飛距離 La での貫通厚D(La)が既知のときに 飛距離xでの貫通力D(x)は D(x)=D(La)・e-2α(x-La) ----(2-2b) (4)αと砲弾の初速V0が既知のとき、 飛距離 L での砲弾の存速V(L)は V(L)=V0・e-αL ----(1-4)