§2. 慣性抵抗を受ける物体の空気抵抗係数の決定方法 (2005/10/08)

【1.慣性抵抗を受ける物体の空気抵抗係数の算出】

§1で速度 V の砲弾に働く大気の慣性抵抗に関する基本運動方程式は下記となることを説明した。
 -dV=αV2dt   (α=ρSλ/M)    (1-1)
(ここでρ:大気密度、S:砲弾の進行方向の投影面積、λ:空気抵抗係数、M:砲弾の質量)

対戦車用の高速徹甲弾のように大気中をほぼ水平に飛び、短時間で相手の戦車の装甲に到達して
貫通するような場合は、重力の影響は無視して大気の慣性抵抗だけを考慮すればよいので、
式 (1-1)で砲弾の運動を予測できるだろう。

ここでは鋼板貫通力と砲弾のエネルギーの関係を利用して、間接的ではあるが高速徹甲弾の各距離
での相対的な運動エネルギーの大きさを求め、高速徹甲弾の大気に対する慣性抵抗に関する係数αを
求めてみる。

Webサイト大砲と装甲の研究(現在は削除されている)では、高速徹甲弾のエネルギー E と鋼板貫通力 D
について、両者が比例関係にあることを実データで検証し、次の関係があるとの結論を出している。

  D =K・E 
 (ここでD:侵徹長(貫通した装甲の厚み)、K:比例係数(定数)、E:砲弾の運動エネルギー)

砲弾の飛距離 L の関数として侵徹長をD(L)、運動エネルギーをE(L)として
上の関係式を用いれば、砲弾の飛距離LaLbについて、次の式を得る。

  D(La) =K・E(La)
  D(Lb) =K・E(Lb)

この2つの式から以下の式が得られる。
 D(Lb)/D(La)=E(Lb)/E(La)   (2-1)

§1では、ほぼ水平な弾道を描く高速徹甲弾の場合は、飛距離 L での砲弾の運動エネルギー E は
基本運動方程式 (1-1)から、次の式 (1-5) を導いた。

 E(L)=E0・e-2αL  (1-5) 
(α=ρSλ/M、ρ:大気密度、S:砲弾の進行方向の投影面積、λ:空気抵抗係数、M:砲弾質量)

これを式(2-1)に適用すると
 D(Lb)/D(La)=E(Lb)/E(La)=e-2α(Lb-La)

従って、係数 αの値は、飛距離Laとそこでの侵徹長D(La)、飛距離Lbとそこでの侵徹長D(Lb)から
次のように計算することができる。
α=-1/2・ln{ D(Lb)/D(La) }/(Lb-La)   (2-2)

係数αの値が分かれば、αの定義から空気抵抗係数λは次のように求められる。

空気抵抗係数λ=αM/(ρS) (2-3)

空気抵抗係数としてCD値を求める場合は、
 CD=2λ=2αM/(ρS) (2-4)

(CD値と本HPの空気抵抗係数 λ の関係式 CD=2λ については、当HPの§5の「空力抵抗係数に
ついて」を参照されたい。)

【2. 実際の砲弾での確認】
 それでは、実際の砲弾で慣性抵抗に関する係数αを求め、砲弾の運動エネルギー理論値と
実際の砲弾の侵徹長の関係を確認してみよう。

第二次世界大戦時のドイツ軍の火砲「5cm Pak 38 Pzgr.40」のデータを参考にすると

<表 2.1 独軍対戦車砲5cm Pak 38 Pzgr.40のデータ>
砲弾重量0.93Kg
初速1130.0m/s
E0:初期運動エネルギー593.8KJ(=1/2・0.93・11302/1000)
砲弾の
飛距離(m)
侵徹長(mm)
100130
50072
100038

距離 La=100mで侵徹長 D(La)=130mm、距離 Lb=500mで侵徹長 D(Lb)=72mmであるから 式(2-2)で慣性抵抗に関する係数αを求めると α=-1/2・ln{D(Lb)/D(La)}/(Lb-La)=-1/2・ln(72/130)/(500-100)=0.000739 m-1 係数αが分かったので、この砲弾の空気抵抗係数λを求めてみよう。 大気密度は 1.23kg/m3 、砲弾の質量は0.93 Kg、砲弾の口径は5cm(=0.05m)である。 砲弾の進行方向の断面積Sは砲弾の口径から  S=π・(0.05/2)2=0.00196 m2である。 従って、係数αの定義から、空気抵抗係数λを求めると 空気抵抗係数λ=αM/(ρS)=0.000739m-1・0.93kg/(1.23kg/m3・0.00196 m2)=0.285 さらに空気抵抗係数としてCD値を求めると CD=2λ=0.570 §1で求めた慣性抵抗理論式 E(L)=E0・e-2αL (1-5)で空気抵抗を受ける砲弾の各距離でのエネルギー の変化を予測してみる。 係数α=0.000739と表2.1の初期運動エネルギーE0=593.8KJから各距離の運動エネルギー理論値 E の 計算値は E(100)=E0・e-2α・100 =593.8 e-2・0.000739・100 =512.2KJ E(500)=E0・e-2α・500 =593.8 e-2・0.000739・500 =283.7KJ E(1000)=E0・e-2α・1000 =593.8 e-2・0.000739・1000 =135.5KJ 高速徹甲弾のエネルギーと鋼板貫通力が比例関係にあるなら、 各距離における砲弾の運動エネルギー理論値 E、侵徹長 Dは同じように変化するはずである。 空気抵抗で運動エネルギーが70%に減少すれば、侵徹長も70%になり、運動エネルギーが50%になれば、 侵徹長も50%になるだろう。つまり、運動エネルギーの変化率と侵徹長の変化率は等しくなるはずである。 ここで運動エネルギー理論値の変化率Ec、実際の侵徹長の変化率Dcとして両者を比較してみよう。 EcDc の各変化率は飛距離 100m における運動エネルギー理論値と侵徹長の値を100% としている。 先に求めておいた各距離における運動エネルギー理論値と侵徹長、および両者の変化率を以下の表で示す。 <表 2.2 独軍対戦車砲5cm Pak 38 Pzgr.40の運動エネルギー変化率(理論値)Ecと侵徹長(実測値)変化率Dc>
砲弾の
飛距離(m)
運動エネルギー
理論値E (KJ)
侵徹長D(mm)Ec(%)Dc(%)Ec-Dc
100512.2130100.0100.0
500283.77255.455.4
1000135.53826.529.2-2.8
式( 2-2 )はそもそもEc=Dcが成り立つような係数αを求める式であるから、 式( 2-2 )で適用した距離La=100m、距離Lb=500mではEcとDcは完全に一致するのが当たり前である。 従って、飛距離1000mでどの程度 Ec=Dc が成立するかに意味がある。 この表2.2をグラフにしたものが次の図2.1である。 青は§1で導いた慣性抵抗の理論式(1-5)による砲弾の運動エネルギーの変化率Ec(理論値)、赤は砲弾の貫通能力の 変化率Dc(実測値ベース)であり、グラフから Ec=Dc がよく成立していることが分かるだろう。 米軍3インチ対戦車砲M7のM93 HVAP弾などいくつかの砲弾についても、Ec=Dcの関係が良く成立しており、 §1の空気抵抗理論式及びここで求めた係数αの決定式を用いて、高速徹甲弾の運動エネルギーとその変化を 推定できることを示している。 【3. 慣性抵抗に関する係数と砲弾の運動エネルギーの減衰】   独軍対戦車砲5cm Pak 38 Pzgr.40は、慣性抵抗係数αが比較的大きいのでグラフも慣性抵抗特有の変化、 すなわち飛距離が大きくなるほど運動エネルギーの減り方が小さくなる様子を示している。 それでは、係数αが小さくなってくるとどのようなグラフになるのだろうか。  慣性抵抗理論式の砲弾の運動エネルギーの式(1-5)で α を非常に小さな数値 ε に近づけると    limitα→ε{E(L)}=limitα→ε{E0-2αL}≒E0・(1-2εL)   (2-5)   つまり、係数αが小さくなると距離に対する砲弾の運動エネルギーは一次関数に近似できる。  式(2-5)から、次のような結果が予想される。 係数αが大きいときは、飛距離に対する砲弾の運動エネルギーの変化は最初に急激に減少し、飛距離の増加 とともに運動エネルギー減少が緩やかになる指数関数的減衰を示す。 係数αが小さくなってくると、右下がりの一次関数的な変化になる。   上のグラフでは縦軸に運動エネルギー、横軸に飛距離を示したが、貫通力が砲弾の運動エネルギーに比例 する場合は縦軸に貫通力、横軸に飛距離をとれば、同じようなグラフになるだろう。  係数α=ρSλ/M (ρ:大気密度、S:砲弾の進行方向の投影面積、λ:空気抵抗係数、M:質量)であるから、 砲弾の投影面積が小さく、空気抵抗が少ない形状で、質量が大きい砲弾ほど係数は小さくなり、砲弾の運動 エネルギーは飛距離に対して一定の割合で減少を示すことが予想される。 (ホームへ) (注)このページの記述及び式(1-5)、式(2-2)、式(2-3)、式(2-4)、式(2-5)の式及びそれらの式を構成する定数や 変数の定義の表現については筆者(Toshikazu Miura)に帰属します。

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