放射線と実効線量(2011/4/1)

【1.核分裂について】
 放射性核種は、いわゆる核分裂と呼ばれる現象により数を減らしていく。分裂後に出来る別の原子
 が放射性核種の場合はこれを娘核種と呼ぶ。分裂前の放射性核種は親核種という。
 それではなぜ放射数核種は核分裂を起こすのだろうか。自発的核分裂には α 崩壊と β崩壊(※1)
 がある。

 (※1)
 α崩壊:α 線 (=ヘリウム原子核4Heの放射線)及びガンマ線などを伴う核分裂)
 β崩壊:β 線 (電子の放射線)及びガンマ線を伴う核分裂)

 まず α 崩壊について説明する。原子核は原子自体の1万分の1という非常に小さい空間に陽子や中
 性子を閉じ込めており、正電荷を持つ陽子同士には強力な反発のクーロン力が働くが、原子核では
 このクーロン力をはるかに上回る大きさの核力が陽子と中性子を閉じ込めている。

 大きな質量を持つ原子核では原子核内の陽子数も多くなり、正電荷を持つ陽子間の反発のクーロン
 エネルギーも増大する。放射性核種は大きな質量を持っており、陽子を核の外に押しやろうとする
 クーロンエネルギーと陽子を閉じこめようとする核力ポテンシャルエネルギー障壁とのエネルギー
 の差は小さくなる。

 但し、原子核内部での反発のクーロンエネルギーは核力ポテンシャルエネルギーを超えるまでの
 エネルギーを持っているわけではなく、古典力学的には原子核内部からα 線が飛び出すことは
 できない。

 それでも原子核内から α 線が飛び出してくるのは原子核内の反発のクーロンエネルギーと核力
 ポテンシャルのエネルギー差が小さくなるために量子力学で知られるトンネル効果によって α 線 (※2)
 が飛び出してくるものと考えられている。

  ここでα線を出して自発的に核分裂することを α 崩壊と呼び、α 崩壊するものにウラン235(235U)、
 プルトニウム239(239Pu)などがある。

 (※2) α 線のヘリウム原子核 4He は極めて安定な粒子である。紙で防げるほど透過力は
    弱いが電離作用が大きい。

 これに対し β 崩壊 では弱い相互作用によって β 線を出して 質量数が変わらない(※3)同重体に変わっ
 ていくものである。β 崩壊するものとしては、コバルト60、ヨウ素131などがある。
 コバルト60(60Co)は同重体のニッケル60(60Ni)になり、ヨウ素131(131I)はキセノン131(131Xe)となる。
 (※3)厳密には質量は減少する。陽子、中性子はほぼ同じ質量で質量数が1である。 β 崩壊で電子を
    β 線として出した場合、電子の分だけ原子核の質量は減少する。しかし電子の質量は陽子や中性子
   のわずか1/1800と非常に小さい。またβ崩壊でβ線以外にガンマ線等の放出を伴う場合の質量欠損も
   無視できるほど小さいため質量数は変わらないものとして取り扱う。

【2.ベクレルと半減期】
  放射性核種が毎秒何回核分裂を起こすかをベクレル(Becquerel)と呼ぶが、この単位は1896年
 にフランスのBecquerelがウランの硫酸塩を黒い紙に包んで写真乾板の上に置いたところ乾板が感光
 することを発見したことにちなんでいる。ここでは、一種類の放射性核種の核分裂についてみていこう。

 ある放射性核種Aの原子が、ある時刻 t0 に N0 個あったとする。
 時刻t0 から t 秒経過後に核分裂によって減少し、Aの原子が N個になったとすると次の
 関係がある。
 
 N= N0・e-λ・t ・・・(1)  (λ:壊変定数)

 放射性核種はその種類ごとに半減期 ( thalf とする) があり、ある時刻から半減期の時間が経過する
 とその放射性核種の原子数は半数になる。
 放射性核種Aはある時刻 t0 から thalf 経過すると、N=N0/2となるので式(1)から

 thalf=(ln 2)/λ (=0.6931/λ) ・・・(2) (半減期の式)

 次に放射性核種Aは毎秒どのくらい崩壊しているかをみてみよう。
 式(1)は時間の経過に伴う放射性核種の原子の個数の変化を表しているから、単位時間(sec)
 あたりの原子数の変化は式(1)を微分して次のように求めることができる。

 dN/dt =-N0・λ・e-λ・t  ・・・ (3)

 毎秒あたりの崩壊による原子の減少数を⊿Nとすると、上の式ではdN/dt=⊿N、t=1sec と
 すればよいので

 ⊿N=-N0・λ・e-λ ・・・ (4)
 
 ここで壊変定数 λ については、λ≪1 であるから、式(4)において e-λ≒1 とおける。

 従って、式(4)は
 ⊿N=-N0・λ ・・・ (5)

 さらに、式(2)から λ=(ln 2)/thalf の関係があるので
 ⊿N=- N0・(ln 2)/thalf

 ここでベクレルの定義に戻ると毎秒あたりの放射性核種の崩壊数であるから、-⊿Nはベクレル
 そのものである。ベクレルをX (単位:Bq)で表すと

 X=N0・(ln 2)/thalf ・・・(6)

 大気や水に含まれる放射性核種の許容濃度はBq/cm3で示されることが多いが、cm3(=cc)
 なのか m3なのか kg あたりなのかなど体積や重量などの単位に注意する必要がある。

 式(6)から、ベクレルの値 X と放射性核種の半減期 thalf が分れば、サンプル中に含まれる
 その時点の放射性核種の原子数 N0は下記の式で求められる。

  N0=X・thalf/ln 2=X・thalf/0.6931 ・・・(7)
 
 ここまでの計算はあくまで1種類の放射性核種しかない場合であり、通常の核分裂では親核種
 から放射性の娘核種や孫核種が発生する。例えばウラン系列やトリウム系列などの核分裂の系列
 ではたくさんの放射性核種の娘核種、孫核種が発生する。このような場合は化学的に核種ごとに
 分離して、放射線を測定する必要が出てくる。

 さて、水1000cm3(=1リットル)中から放射性核種としては放射性ヨウ素131が検出され、測定した結果
 が300ベクレルであったとする。放射性ヨウ素131はどのくらいこの水に含まれるか式(7)で計算してみる。

 放射性ヨウ素131の半減期を8.04日(694656秒)とすると、式(7)からその時点の原子数 N0 は

 N0=X・thalf/ln 2=X・thalf/0.6931=300・694656/0.6931=3.01×108個  (約3億個となる)

 つまり、測定時点では放射性ヨウ素が約3億個あり、毎秒あたり300個が崩壊(=300ベクレル)して
 いることになる。ここで3億個というのがどれ位の量かを計算してみよう。
 原子、分子の世界では、1mol(=6.02×1023個の原子または分子の集まり)で原子量または分子量
 と呼ばれる重さ(単位:g)になる。水だと1molで18gになる。
 
 従って、測定した水1リットルのサンプルに含まれるヨウ素の量
 =ヨウ素131の原子量 131(g/mol)×3.01×108(個)/6.02×1023(個/mol)
 =6.5×10-14 g (100兆分の6.5g)

【3.実効線量】
 毎秒あたり発生する放射性核種の崩壊数をベクレル(Bq)という単位で表すが、人体への影響と
 どのような関係があるのだろうか?

 ①放射性核種の放射線のエネルギー
  放射性核種が崩壊するときは、α 線や β 線を出すが、このときにガンマ線なども伴う。そして核種に
  よりα 線や β 線やガンマ線のエネルギーが異なる。例えば α 崩壊する放射性核種から出るα 線は
  放射性核種によってエネルギーは異なる。これはβ 線でもガンマ線でも同様である。
  つまり、放射性核種によって放出される放射線(α 線、 β 線、ガンマ線など)の種類とそのエネルギー
  は異なる。

 ②許容濃度
  放射性核種を含む大気または排水などにおける放射線の影響から下記の許容濃度がある。
  ・空気中許容濃度    (ベクレル/cm3)
  ・排水・排液中許容濃度(ベクレル/cm3)

 ③外部被爆と内部被爆
  放射線の影響はどのように被爆したかによって異なる。

  a)外部被爆:放射線源に近い場所に居た場合に線源からの放射線を受けた場合

  b)内部被爆:放射性核種を含む物質を体内に取り込んだ場合
   さらに下記の場合で影響が異なる。
    ・吸入摂取(呼吸など)
    ・経口摂取

  c)摂取したときの放射性核種の化合物の種類
   例えば、ウラン化合物でも、4価のウランの二酸化ウランと6価の6フッ化ウランでは内部被爆
   の影響や程度が異なる。

  d)人体の各部位(皮膚、内臓、骨など)で影響度が異なる。

 ④実効線量
   ①~③で説明したとおり、核種や種々の条件で放射線の人体への影響が異なる。
   従って実効線量の算出では、放射性核種ごとに吸入摂取時、経口摂取時で実効線量係数
   が異なることになるが、下記の計算で人体への実効線量を求める。

   実効線量(mSV:ミリシーベルト)=実効線量係数(mSV/Bq)×ベクレル(Bq)
   
   この実効線量は正式には「預託実効線量」と呼ばれるものであり、吸入摂取、あるいは経口摂取
   した時点から、大人では今後50年間、小人では、70年間に渡って摂取した放射性核種から被爆する
   放射線量の総量である。

   もし、放射性ヨウ素131が含まれ1リットルで300ベクレルが計測された水を1日で半分の500cc
   飲んでしまったものと仮定する。このときの影響はどの程度になるか計算してみる。

   体内に取り込まれた水は半分であるから、体内では150ベクレルでヨウ素が崩壊している。
   経口摂取であるからヨウ素131の経口摂取時の実効線量係数 2.2×10-5(mSV/Bq)を用いて

   実効線量= 2.2×10-5(mSV/Bq)×150(Bq)=0.0033mSV=3.3μSV(マイクロシーベルト)

   現在、人体が受けている自然放射能は年間2.4mSV(=2400μSV)なので、一日あたり約6μSVである。
   上記のケースのように1リットル当たり300ベクレルのヨウ素131を含んだ水を500ccとった場合、今回の
   摂取で受ける放射線量の総量は、大人で今後50年間、小人で今後70年間の累積で3.3μSVということに
   なる。普段から自然環境から一日当たり受けている放射線量がおおよそ6μSVということを考えれば、
   継続的に摂取しない限り問題はないことになる。

   尚、テレビ等で放射線量を「△△から○○μSV(マイクロシーベルト)の放射線が検出されました。」
   と伝えている場合は、1時間あたりの実効線量であり、○○μSV/時(マイクロシーベルト/時)を
   指す。

   

 【4. 実効線量計算ツール】  水、食品などの放射性核種の放射能の量から、それらに含まれる放射性核種の量を求め、摂取した水、  食品の量から人体が受ける経口摂取時実効線量を求める。
放射性核種 水または食品での計測値(ベクレル) 計測値(ベクレル)の重量(or 体積)
半減期(sec) 当該重量(or 体積)中の放射性核種の量×10乗(mol) 当該重量(or 体積)中の放射性核種の量×10乗(g) この濃度の放射性核種を含む水(or 食物)を1リットル(or 1kg)摂取した場合 経口摂取時実効線量係数(ミリシーベルト/ベクレル) 経口摂取時実効線量(マイクロシーベルト)
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