1s軌道の電子分布(2012/5/5)

【1.1s軌道と確率密度関数】
 波動関数の二乗は空間のある一点での電子の存在確率を与える確率密度関数になるが、電子の分布が
 それと一致しているわけではない。今回はそれについて水素原子モデルで説明する。

 当HPの【クーロン力と一電子系の量子力学】では水素原子をモデルに1s軌道の電子のエネルギーと下記の
 1s軌道の波動関数を求めた。

 φ=A・e-ar
 (A:定数、r:電子の水素原子核(水素では陽子である)からの距離)

 時間的にエネルギーに変化のない場合の量子力学のシュレディンガー方程式を用いてφの式の定数 a を
 求めたが、電子分布の説明では再びこれらの知識が必要になるので再度簡単に説明する。 

 時間的にエネルギーに変化のない場合のシュレディンガー方程式は下記である。 
 Eφ=-h2/(8π2m)∇2φ+Uφ ・・・(1)

 ここでE:電子のエネルギー、h:プランク定数、m:電子の質量、U:クーロンポテンシャルエネルギー
 であり、∇2=(∂2/∂x2+∂2/∂y2+∂2/∂z2)を表わす。

 さらにポテンシャルエネルギー項については
 U=-e2/(4πε0r)
 ここで e:単位電荷、ε0:真空誘電率である。

  表現を簡素化するため、U’=-e2/(4πε0)と、S=-h2/(8π2m)とすると
 シュレディンガー方程式は下記のように記述できる。

 Eφ=S∇2φ+U’φ/r

 さて、これに φ=A・e-ar を適用すると
 Eφ=a2Sφ+(-2aS+U’)φ/r ・・・(2)

 E は一定であるから、上記の式(2)が恒常的に成り立つためには
 1/r を含む項が 0 にならなければならないので
 -2aS+U’=0 ∴a=U’/(2S)

  ここで aの逆数はボーア半径と呼ばれるもので、ボーア半径を a0 で表すと
 a0=2S/U’=ε0h2/(πme2)=5.3×10-11m (注:式の中の e は単位電荷)
 
 従って、φ=A・e-ar=A・e-r/a0 となる。

 以降、原子核(水素の場合は陽子)からの電子の距離 r については、ボーア半径を距離の
 単位として扱い a0=1 とする。

 従って
 φ=A・e-r ・・・(3)
 
 上記の1s軌道関数を規格化しておこう。軌道関数の二乗は電子の存在の確率密度関数になり、
 r=0→∞で積分すると電子の存在確率は必ず 1 となるので

 ∫0φ2dr=∫0A2・e-2rdr
 =A2・(-1/2)・(0-1)=A2/2=1

  ∴A=21/2

 従って、規格化された1s軌道の波動関数は、φ=21/2・e-r となり、下記のようになる。
 

 さらに、規格化された1s軌道の電子の確率密度関数はφ2=2・e-2rとなり、以下に示すようになる。
 

 さて、確率密度関数はある一点における電子の存在の確率密度を与えるが、上のグラフを見ると
 原点、すなわち原子核のところで電子の確率密度が最も高くなる。

 この確率密度関数に従い、水素原子核を含むある平面上での電子の存在の確率密度の大きさを高さで示した
 立体で表してみると原子核の位置で最も確率密度が高い頂点を持つ、次のような立体として表すことができる。
 

【2.電子の動径分布関数】

 しかし、次の図を見てもらうとわかるが、中心を共有する、二つの同心球がありその表面で同じ⊿rの厚み
 を持つ殻の部分を考えてみると
 球の中心から同じ立体角Ωの範囲に含まれる内側の球(半径R2)の表面殻と外側の球(半径R1)の表面殻の
 の体積はそれぞれ、ΩR22⊿r、ΩR12⊿rであり、半径の二乗に比例して体積が増加する。

 

 つまり、原子核からの距離に注目して、その距離の近傍の電子の分布を見ると原子核近傍は確率密度が高い
 領域であるが、その体積は非常に小さい。一方、原子核から離れると確率密度は低くなるが体積は増加する。
 
 ある領域の電子の存在確率は、その領域の確率密度関数φ2とその領域の体積の積になるので、
 次のように確率密度関数φ2と原子核からの半径の二乗の積の関数Φを考える。

 この関数を動径分布関数といい、原子核からの電子の距離に応じた電子分布を与える関数である。
 この関数の値が大きいほど、電子がその距離の近傍に多く存在していることを示している。

 Φ= γ r2φ2 ・・・(4)  (ここでγ:規格化のための定数)
 
 さてΦを r=0→∞で積分してみよう。

 ∫0Φdr
 =γ∫0r2φ2dr
 =γ∫0r2・(2e-2r)dr
 =2γ∫0r2・e-2rdr ・・・(5)

 ∫0r2・e-2ardrの形の積分は物理的な計算ではよくあるので前もって計算しておいたが
 ∫0r2・e-2ardr=1/(4a3)
 ここでa=1とすれば、
 ∫0r2・e-2rdr=1/4 ・・・(6)

 式(6)を式(5)に使うと

 ∫0Φdr=2γ∫0r2・e-2rdr=γ/2 ・・・(7)

  全空間での電子の存在確率は1なので

 ∫0Φdr=γ/2=1となり、γ=2

 ∴Φ=2r2φ2=4r2・e-2r ・・・(8)

 これをグラフ化したのが次の図で、横軸はボーア半径 a0を距離の単位(すなわちa0=1)として、原子核からの
 電子の距離を表わし、縦軸はその距離において電子が存在する確率を高さで表現したものである。


 これを見ると電子は原子核近傍ではなく、r=1、すなわちボーア半径(5.3×10-11m) 付近に分布のピークを持つ。
  原子核のそばでは確率密度は高いものの、その領域の体積が小さいので電子の分布も小さくなりゼロに
 近づく。一方、原子核から離れていくと確率密度は下がるが体積の増加の効果の方が大きく、ボーア半径付近で
 電子の存在確率は最大になる。しかし、ボーア半径以上になると体積の増加よりも確率密度関数の減少の効果が
 顕著になり、電子の存在確率は急激に減少していく。

 さらに水素原子核を中心とした1s軌道の電子分布を立体的に示してみよう。上の図で縦軸を回転させると以下
 のような立体になる。これも原子核を含むある平面上での電子の存在の確率分布の大きさを高さで示したもの
 だが、先に示した確率密度関数の立体と比べると原子核の位置で最も存在確率が小さくなっていることが分かる。

 上方からみると
 
 下方からみると
 
 分布断面は以下のようになる
 




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