クーロン力と一電子系の量子力学(2005/10/12)

  下記は文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンタのメールマガジン60号からの
  明滅する量子ドットの映像である。
  
  量子ドットの近くで傷(浅い欠陥)があると励起光によって発生したキャリア(電荷の)が捕獲されて
  量子ドットに電場がかかり、量子ドットが明滅する現象である。これは固定された分子に電場をかけた
  場合でも確認されており、量子ドットが分子のように振舞う様子を示したものと解説されている。

  「量子ドットとシュレデンガー方程式」の項で扱った量子ドット内に閉じ込めた電子は自由電子を
  想定したが、量子ドットは基板上で成長させた数千から数十万の分子からなり、バルクとして扱うには
 小さいが、原子、分子に比べて表面積が大きいので外部からの影響を受けやすいという特徴がある。

 上の明滅する量子ドットの映像は、レーザー光で励起された量子ドット内部の電荷のキャリアが周囲で
 束縛されたときのクーロン力の影響を非常に強く受けている良い一例である。もちろんこのとき量子ドット
 内のポテンシャルエネルギー U は 0 にはならない。

   水素原子では、正電荷を持つ一つの陽子と負電荷を持つ一つの電子から成り立っているのでクーロン
 力が働く場合の計算として最も分かりやすいモデルといえる。古典力学では、正電荷をもつ陽子と
 負電荷を持つ電子はクーロン力(引力)のため、電子は電磁波を出しながら原子核に吸収されてしまう。
 しかし、実際の水素原子では電子が陽子に吸収されることなく安定している。

 【1.クーロン力が働く場合の1電子系の量子力学】

 量子力学を用いれば、古典力学で破綻する上記の現象についてうまく説明できる。
 陽子は正電荷+e、電子は負電荷-eをもつので引力が働き、クーロン力の位置エネルギーは
 U=-e2/(4πε0r) (ここでe:単位電荷、ε0:真空誘電率、r:電子の陽子からの距離)

 時間的に変化しない定常状態のシュレディンガー方程式に前述の位置エネルギー項 U を代入すると

 E・ψ=-h2/(8π2m)・∇2ψ+U・ψ
    =-h2/(8π2m)・∇2ψ-e2/(4πε0r)・ψ   (1)
 (ここで∇2=∂2/∂x2+∂2/∂y2+∂2/∂z2)

 波動関数として単純なψ=A・e-ar を想定してみる。

(∂/∂x)ψ=-A・a・e-ar・(x/r)=-a・(x/r)ψ、
(∂2/∂x2)ψ=-a・{1/r-x2/r3}ψ+a2・(x/r)2ψ

∂2/∂y2と∂2/∂z2も同様に計算すると ∇2ψ=( a2-2a/r )ψ

 この式からシュレディンガー方程式は
 E・ψ=-h2/(8π2m)・(a2-2a/r)ψ-e2/(4πε0r)・ψ
 ∴E・ψ=-h2/(8π2m)・a2ψ+{ah2/(4π2m)-e2/(4πε0)}・ψ/r  (2)

 この式で E が一定であり、これを恒常的に成り立たせるには 1/r を含む項が0になればよいので
 {ah2/(4π2m)-e2/(4πε0)}=0
   ∴a=πe2m/(ε0h2)  (3)

 (3)を (2)に代入すると
 E・ψ=-h2/(8π2m)・{πe2m/(ε0h2)}2ψ   ∴E=-me4/{8(ε0h)2}
 (ここでm=9.11×10-31Kg、e=1.60×10-19C、h=6.625×10-34J・S、ε0=8.854×10-12C2N-1m-2)

  E=-2.17×10-18J=-13.55eV (4)
  (これは水素原子の実際の電離エネルギーに等しい)

「量子ドットとシュレディンガー方程式」の項で説明した閉じ込められた自由電子の場合、
エネルギーはプラスであったが、クーロン力が働く電子の場合は電子のエネルギーはマイナス
となり安定する。つまり電子は陽子に落ち込むことはない。

 もし、レーザー光で正孔と電子が発生した量子ドットで、電子が正孔の回りにトラップされた時も
水素原子と同じように電子が正孔の回りにトラップされ双極子の形になると安定するだろう。
このように量子ドットがあたかも原子と似たような振る舞いをすることから、擬似原子とも呼ばれる
理由がわかる。

水素原子モデルでは、波動関数をψ=A・e-arとしてシュレディンガー方程式の解が得られたが
閉じ込められた自由電子の場合と違って電子の分布を表すψ2=A2・e-2ar は r →∞のとき減衰
しながら、無限の領域に渡って存在する。
量子ドット間の距離が小さければ、量子ドット間の電子共有によって分子のような振る舞いを示す
ようになる。(複数の量子ドットが電子を共有すれば擬似分子)

 【2.クーロン力が働く場合の1電子系の電子軌道とエネルギー】
 
実はここで求めた(4)の結果は1s軌道のエネルギーである。1sの1は主量子数で、sは球対称分布を
持つ関数を表す。すなわち、ψ=A・e-arは主量子数が n=1 の波動関数である。
 上の式の中にはどこにも主量子数に関する情報は出ていないが、式(1)のシュレディンガー方程式を
極座標を用いて解くことで主量子数n、方位量子数l、磁気量子数mを含む解が得られる。

これについては他サイトで詳しく解法が説明されており、ここでは触れないが、ψ=A・e-ar が解を持つ
ならば、この関数と位置座標から成る rψ、xψ、yψ、zψ、x2ψ・・も解をもつ場合があることは容易に想像
できるだろう。

ここで、関数ψと位置座標の積から成る波動関数と主量子数の関係について述べておこう。
実は主量子数 n=1 のときの波動関数 ψ=A・e-ar  と 位置座標 r、x、y、z の一次式の積から作られる
次の関数は  (2-r)ψ、xψ、yψ、zψ は n=2 の波動関数となる。
さらに、それぞれの式は2s、2px、2py、2pzの電子軌道の波動関数に対応しているのである。
2s軌道は球対称、2px軌道はx軸方向、2pyはy軸、2pzはz軸方向に膨らむ電子分布を持つ軌道である。

それでは ψ と位置座標 r、x、y、z の二次式の積から作られる関数はどうなるのだろうか?察しのよい
読者の方ならば、ひょっとして主量子数が増えて、主量子数 3 の波動関数になる? のではないかと思わ
れるかもしれない。実はその通りである。
位置座標の二次式とψの積で作られる関数を考えると次のように10通りの組合せが考えられるだろう。
r2ψ、x2ψ、y2ψ、z2ψ、xyψ、yzψ、zxψ、rxψ、ryψ、rzψ

これらの式は、主量子数3の波動関数に対応しており、先頭から1番目は3s軌道、2番目から4番目までの
3つは3p軌道、5番目から10番目までの6つは3d軌道に対応していて、合計10個となる。

つぎに主量子数と電子軌道のエネルギーについても触れておこう。
主量子数 n=2 に対応する (2-r)ψ、xψ、yψ、zψの4つの波動関数を用いて、シュレディンガー方程式を
解くとどうなるだろうか?実は、電子エネルギーは等しくなることが分かる。つまり、主量子数が等しい
波動関数の電子軌道は同じ大きさのエネルギーを持ち、この状態を軌道が縮退しているという。

但し、これはあくまでも水素原子のような1電子系のクーロン力が働く場合であり、原子同士が結合する
多電子系の場合は縮退は解けて、同一主量子数の軌道であってもわずかに異なるエネルギーを持つように
なる。

 また、ここではクーロン力のポテンシャル Uが作用するときの電子エネルギーを計算したが、その大きさは
主量子数の二乗に「反比例」するので、2s、2px、2py、2pz軌道のエネルギーの大きさは1s軌道の1/4
となる。閉じ込められた自由電子の場合、U=0であり、電子のエネルギーは主量子数の二乗に「比例」
していたことと違うことに注意が必要である。

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