惑星大気の保持条件(2008/09/08) 太陽系には岩石などを主体にできた地球型惑星が4つあるが、生命に最も適した環境を持つ のは地球である。地球は太陽からの距離も適切で生命の基盤となる液体の水が海洋や湖、 河川として存在し、大気の循環により水蒸気は雲となって雨を降らせ内陸を潤している。 また、大気がなければ地球の平均気温は-18℃となり、火山活動などで熱を得られる場所を 除いて、水は氷という形でしか存在できないだろう。こうして考えると太陽からの距離と大気の 存在は生命にとって極めて重要な条件である。 ここでは、惑星が大気を保持する条件を考えてみよう。 【1. 大気の分子の平均速度と惑星の重力の関係】 大気を構成する気体分子などは自由に運動しており、またその分子の速度は気体の温度に 応じた分布を持つ。 大気を構成する分子も含めて、ある物体が惑星の重力を振り切るためには脱出する速度が 必要である。 その気体分子に作用する重力加速度を g (m/s2) 、分子の惑星の中心からの距離を r (m) として、気体分子が惑星を脱出するために必要な速度 V は V=(2・g・r)1/2 (1) 地球型惑星の場合、大気のほとんどは通常地表面から数十kmの高さに存在するので、この 高さの範囲での重力加速度の強さの変化は天体の大きさ(半径数千km)から見て地表面とそれ ほど変わらない。 地球の場合は、地表面の重力加速度は g=9.8m/s2、地球の半径が6378kmなので 地表面の大気分子が地球を脱出するときに必要な速度は V=(2・g・r)1/2=(2×9.8×6378000)1/2=11181 m/s 一方、惑星表面の平均気温が T (K)のとき、気体分子の質量m、平均速度を v とすれば 分子の速度と気体の温度には次の関係がある。 1/2・m・v2=3/2 kT (2) (ここで k:ボルツマン定数) アボガドロ数A(=6.02×1023)を式(2)の両辺にかけると 1/2・M・v2=3/2 RT (ここで M:気体の平均分子量、R:気体定数=8.31447J/(K・mol)) 従って気体分子の平均速度 v は v=(3・R・T/M)1/2 (3) この式(3)を用いて、地表面の大気の分子の平均速度 v を求めてみよう。 地球の場合、分子量28の窒素が約80%、分子量32の酸素が約20%なので 大気の平均分子量=(28×0.8+32×0.2)=28.8g=0.0288 kgとなる。 さらに地表での温度は15度(=288K)なので、 式(3)から地球の地表面付近の大気分子の平均速度は v=(3・R・T/M)1/2=(3×8.31447×288/0.0288)1/2=499.43 m/s 従って、地球の場合は大気分子の脱出速度11180 m/sに対して地表の大気分子の平均 速度は約500m/sであり、平均速度の面では大気の保持には全く問題はない。 但し、大気分子の速度は温度によって決まる分布があり、脱出速度を超える分子も非常に 低確率ながら存在する。天文学、地質学的な時間で見れば、惑星が失う大気の量は膨大に なるだろう。これについては、この後のMaxwell Boltzmann分布で検討してみる。 【2. Maxwell-Boltzmann分布からの考察】 平均温度Tの気体があるとき、気体の分子間力を無視できる場合は Maxwell-Boltzmann分布から、速度 v の気体分子の存在確率 f(v) は f(v)=4πv2・{M/(2πRT)}3/2・exp { -Mv2/(2RT) } (4) (ここでM ( kg/mol):大気の平均分子量、R:気体定数) 脱出速度 V を超える大気分子の存在確率 P は下記である。 P=∫∞V f(v) dv (5) この積分はガウス積分に帰結するので、-∞から∞、または0から-∞、または0から∞の範囲 なら手計算でも値がでるが、脱出速度V(>0)から∞の範囲では、コンピュータでの数値計算になる。 関数 ∫f(v)dv 自体は脱出速度近傍ではかなり収束が早いので、 脱出速度 V から適当な速度 V’まで、dv = 10m/s 程度刻みでP=∫V’Vf(v) dvの積分計算を行う。 (数十回程度で収束するので表計算ソフトでも計算できる。ここでは下にツールを用意した。) ここで水星を例に計算してみる。 水星はほとんど大気は存在せず 10-7Pa程度の大気圧とされる。 水星の地表面温度は 最低 90K、平均440K、最高700Kと推定されている。 大気は酸素42%、ナトリウム29%、水素22%、ヘリウム6%で構成される。 水星の直径は4879.4km、地表面の重力加速度は3.702m/s2である。 式(1)から気体の脱出速度Vは V=(2・g・r)1/2=(2×3.702×4879400/2)1/2=4250 m/s 酸素(分子量0.032kg/mol)について、式(5)で脱出速度4250m/s以上の分子の存在確率を平均 気温と最高気温で計算し、比較してみよう。 平均温度の440Kで計算すると水星の全酸素量=1として、水星から脱出可能な酸素分子の割合は 下記となる。 P=∫∞4250 f(v) dv=5.82×10-34 ところが最高温度の場所の700K(=427℃)で計算した場合の脱出可能な酸素分子の割合は P=∫∞4250 f(v) dv=2.42×10-21 温度が440Kのときに比べ、700Kでは脱出可能な分子の割合は、実に4.16×1012倍にもなる。 このように惑星の温度は大気の保持に大きな影響を持つと考えられる。
惑星の脱出速度を持つ大気分子の割合の計算ツール(2008/09/09) 与えられた質量、半径、平均密度を持つ惑星の地表面で平均分子量 x (g/mol)の大気の分子で 惑星を脱出する速度(第二宇宙速度)を持つ分子の割合を計算する。(ホーム) このページの考え方と計算モデル及び式は筆者が独自に考えたものです。 このページの無断転載、無断引用を禁じます。