ニュートリノ振動(2015/10/18)

【1.ニュートリノの質量の発見】

 ニュートリノという物質は核反応によって生じるもので太陽や宇宙の星々からやってくるが、物質と反応
 することがほとんどない。大部分のニュートリノは地球ですら突き抜けて通り過ぎてしまう。
 日本のスーパーカミオカンデという施設では地下深くに貯水し、その水とニュートリノが衝突したときの
 反応を捉えるものである。地下深くなので多くの宇宙線は遮断されるがニュートリノは平気で通過してくる。
 困ったことに物質がほとんど反応しないので、貯水した水との反応の確率も低く、反応したときの非常に
 微弱な光を測定することで反応エネルギーを検出する機器には高度な技術が用いられている。
 1950年代にニュートリノの存在が分かって以降、ニュートリノの質量は非常に小さいかゼロではないかとも
 考えられてきていて、定かではなかった。
 2015年のノーベル物理学賞で日本の梶田隆章氏が受賞したのは、ニュートリノが質量を持つということを
 発見したことによる。(但し質量を持つことは分かったが、ニュートリノの正確な質量は未確定である)

【2. ニュートリノ振動】
 ニュートリノは電子ニュートリノ、ミュー(μ)ニュートリノ、タウ(τ)ニュートリノの3種類あり、質量
 以外はほとんど同じ性質を持っているものと考えられる。
 電子ニュートリノは第一世代、ミュー(μ)ニュートリノは第二世代、タウ(τ)ニュートリノは第三世代の
 3種類の粒子に分類される。
 電子ニュートリノは一番最初に検出されたニュートリノでβ崩壊に伴って電子と対になって放出されもの
 であり(電荷を持ったニュートリノという意味ではないことに注意)、通常ニュートリノという場合は、
 これを指す。
 ニュートリノは飛行しながら、時間の経過と共に3種類のニュートリノの状態に変化を繰り返すことが
 分かっており、この現象をニュートリノ振動という。振動というと空間的な振動を思い浮かべるがそのような
 イメージではない。

 ニュートリノは発生の仕組みによって「太陽ニュートリノ」と「大気ニュートリノ」という呼び方がある。
 先に述べたようにニュートリノは恒星内部の核融合反応に由来しているが、特に太陽内部の核融合反応に
 由来するものを「太陽ニュートリノ」という。
 もう一つは宇宙線が地球の大気の原子核と衝突したときに発生するもので、これを「大気ニュートリノ」
 と呼んでいる。
 ニュートリノ振動の発見は「太陽ニュートリノ」と「大気ニュートリノ」の詳細な研究に端を発する。
 例えば、「大気ニュートリノ」でミュー型が当初予測された理論値よりも少ないという観測結果もカミオカンデ
 施設での梶田氏の研究によるものであり、これもニュートリノが飛行しながら状態が変化していることの裏付け
 の一つとなった。

 「太陽ニュートリノ」と「大気ニュートリノ」の詳細な研究からニュートリノには3つの状態(電子ニュートリノ、
 ミューニュートリノ、タウニュートリノ)があり、これらの粒子は純粋な状態ではなく、3つの状態が混合した
 状態ではないかという仮説が立てられた。
 量子力学で考えれば、3つの状態はそれぞれ固有のエネルギーを持ち、それらの状態関数(以前は波動関数と
 いうことが多かった)の重ね合わせで表現できるのではないかと考えたのである。
 3つの状態のそれぞれの固有エネルギーに対応した状態関数を|ν1>、|ν2>、|ν3>とすれば、
 例えば、電子ニュートリノの状態関数|νe>はそれぞれの固有エネルギーの状態関数の和で表現できる。

 |νe>=a|ν1>+b|ν2>+c|ν3>
 
 ここで、|○>はケットベクトルと呼ばれるもので、量子力学で状態関数に使われる記法であり、数学的に
 面倒と思う方は状態関数というものを表わす記号と思ってもらえばよい。

 簡単のためにここでは、電子ニュートリノとミューニュートリノの第二世代までの粒子で考え、状態関数も
 |ν1>と|ν2>の2つを使って話を進めていこう。

 |ν1>と|ν2>は固有のエネルギー値に対する状態関数なので各々独立している。
 ベクトルに例えれば、x軸方向のベクトルとy軸方向のベクトルのようなものであり、2次元平面空間の全ての
 ベクトルは、この2つのベクトルを成分とするベクトルの和で表現されるのに似ていると思えばよい。
 x軸方向のベクトルとy軸方向のベクトルの向きは90度で、いわゆる直交の状態であり、お互いに独立した成分で
 あるから、その内積は0になる。
 量子力学に詳しくない方の予備知識として
 ある直交する状態関数|●>と|○>があって、その内積を計算する場合、
 異なる状態関数|●>と|○>の内積は<●|○>=0、<○|●>=0
 同じ状態関数の内積は<○|○>=1、<●|●>=1となる。つまりベクトルの計算と同じであると認識して
 ほしい。

 ここで<○|はブラベクトルという。ブラベクトルはケットベクトル複素共役で複素数の虚数 i の部分の正負
 の符号が逆転することに注意が必要である。
 同種の状態関数の内積が1となるときは状態関数が「規格化されている」という。ここでは規格化された直交する
 状態関数で考えていく。

 先に述べたように電子ニュートリノが|ν1>と|ν2>という直交した状態関数の重ね合わせ(状態関数の和)で
 表せるということは、電子ニュートリノとミューニュートリノが固有の状態関数からなんらかの理由で角度θだけ
 ずれた状態であると考えられる。これを図で示すと下記のようなイメージになる。

 

 電子ニュートリノとミューニュートリノの状態関数は図を見ても分かる通り、次のように状態関数の和で表現
 できる。
 |νe>=cosθ|ν1>+ sinθ|ν2>・・(1)
 |νμ>=-sinθ|ν1>+cosθ|ν2>・・(2)
 
 上の式は時間的に変化のない場合の式であり、固有のエネルギー値の状態関数が時間的に変化する場合は
 位相を考える必要がある。状態関数|ν1>の固有エネルギーをE1、|ν2>の固有エネルギー値をE2とすると
 時間 t とともに変化する位相はei・E1・t/(h/2π)、ei・E2・t/(h/2π)となる。(hはプランク定数)
 位相は、E1・t/h、E2・t/hが整数になるとき元の状態に戻ることになる。
 位相のような時間の経過に伴う周期的変化については三角関数で表わす方がイメージしやすいが量子力学
 では複素数を使って表現するので、上のような表現をしている。

 時間的に変化する場合のミューニュートリノの状態関数は式(2)に位相を考慮して次のようになる。
 |ν(t)μ>=-sinθ・ei・E1・t/(h/2π)|ν1>+ cosθ・ei・E2・t/(h/2π)|ν2>・・(3)

【3. ニュートリノの検出確率】
 上に示した時間的に変化する場合のミューニュートリノについて、それに含まれる電子ニュートリノの成分を
 求めてみよう。これについてはミューニュートリノと電子ニュートリノの状態関数である
 |ν(t)μ>と|νe>の内積を計算すればよい。
 数学的な規則については直交するベクトルの計算と似ていて、
 <ν1|ν1>=<ν2|ν2>=1、<ν1|ν2>=<ν2|ν1>=0であることを
 利用して下記の計算をすると
 <ν(t)μ|νe> (注:ブラベクトルの虚数の正負の符号が逆転することに注意)
 =(-sinθ・e-i・E1・t/(h/(2π))<ν1|+ cosθ・e-i・E2・t/(h/(2π))<ν2|)・(cosθ|ν1>+ sinθ|ν2>)
 =-sinθ・cosθ・e-i・E1・t/(h/(2π))+ sinθ・cosθ・e-i・E2・t/(h/(2π))
 =sinθ・cosθ・(-e-i・E1・t/(h/(2π)))(1-e-i・(E2ーE1)・t/(h/(2π)))
 =1/2・sin(2θ)・(-e-i・E1・t/(h/(2π)))(1-e-i・(E2ーE1)・t/(h/(2π)))

 ミューニュートリノから電子ニュートリノに変化する確率Pは上記の電子ニュートリノの成分の二乗で
 与えられるので
 P=|<ν(t)μ|νe>|2
 =1/4・(sin(2θ))2・|-e-i・E1・t/(h/(2π))|2・|1-e-i・(E2-E1)・t/(h/(2π))|2
 =1/4・(sin(2θ))2・|-e-i・E1・t/(h/(2π))|2・|e-i・(E2-E1)・t/(h/π)|2・|ei・(E2-E1)・t/(h/π))-e-i・(E2-E1)・t/(h/π))|2

 ここで、ei・x (xは実数でも複素数でもよい)の絶対値は1であることから、
 上の式で|-e-i・E1・t/(h/(2π))|=1、さらに|e-i・(E2-E1)・t/(h/π)|=1 となるので
 式は簡素化されて、次のようになる。
 P=1/4・(sin(2θ))2・|(ei・(E2-E1)・t/(h/π))-e-i・(E2-E1)・t/(h/π)))|2

 オイラーの定理からei・xーeーi・x=2i・sin x の関係があるので

 P=1/4・(sin(2θ))2・4|sin((E2-E1)・t/(h/π))|2
 =sin2(2θ)・|sin((E2-E1)・t/(h/π))|2

 ニュートリノの飛行距離 L はニュートリノがほぼ光速で進むことを考えると経過時間 t に対して
 L=ct (c:光速度)であるから上の式は次のようになる。

 P=sin2(2θ)・|sin((E2-E1)・L/(hc/π))|2

 ずれの角度θについては、0ではない一定数としてみよう。
 E2とE1は固有質量に対応する固有のエネルギー値という前提であり、h、cは定数であるから
 |sin((E2-E1)・L/(hc/π))|2の部分について注目してみると、ニュートリノの
 飛行距離 L の値によって、ミューニュートリノが電子ニュートリノへ変化する確率Pが変動する
 ことがすぐわかる。

 もし、E1=E2であれば電子ニュートリノの検出確率 P=0であり、ミューニュートリノから電子
 ニュートリノに変化するニュートリノ振動は起きない。
 飛行距離Lを変えて測定することによって電子ニュートリノの検出確率が変動するなら、E1≠E2に
 なっているはずであり、電子ニュートリノとミューニュートリノが異なる質量を持つことになる。

 1998年には、スーパーカミオカンデにおいて、上層の大気から来るニュートリノや地球の裏側から
 来るニュートリノの飛行距離の差を利用したミューニュートリノの測定でミューニュートリノが
 タウニュートリノに変化することを裏付ける結果が得られた。

 ニュートリノ振動(ニュートリノは異なる固有質量を持つ別のニュートリノに時間とともに変化する)
 が観測されたことで、ニュートリノの質量は3つの固有の質量状態の重ね合わせであり、ニュートリノが
 質量を持つことが裏付けられたわけだが、そうなるとニュートリノは「自分自身の質量を周期的に
 変化させて」空間を移動する実に不思議な性質を持った素粒子ということになる。
 

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