地球の自転への月の影響(2009/07/30)

【1. 月による潮汐が及ぼす月と地球への影響】

  最近の観測では月は地球から年間3.8cmの割合で離れていっているということである。
 この原因が、地球の海に働く月の引力による潮汐によることはよく知られている。
 潮汐力については、後で登場するロシュ限界の話も含めて別途に取り上げることとして、
 ここでは立ち入らない。
  さて、話を元に戻そう。月の引力による潮汐力で地球の海は紡錘形に変形する。
 紡錘形の両端に海水が集まった部分で月に近いほうをA、月から遠い部分をBとする。
 この部分の運動を考えると、海水はほぼ地球の自転に合わせて動いており、15度/Hrで回転
 しようとするが、月は約27日で地球を公転するので、およそ0.5度/Hrの角速度しかない。
 下の図は理解をしやすいように誇張したものであるがこの図で説明していこう。

 
 つまり月がほとんど動かないのに対して、海水部分はしばらく紡錘形の形を保ったままで約15度
 /Hrの角速度で回転していく。月に作用する引力は月との距離が近いAのほうがBよりも強い
 ので、月はAによって引っ張られ加速されることになる。

  増加した月の運動エネルギーは、位置エネルギーに変換されるので地球からの高度も徐々に
 上がっていき、月は地球から遠ざかることになる。海水のAの部分には、月の引力でブレーキが
 かかるので、Aと接する地球にもブレーキがかかり、地球の自転は遅くなる。

  ここでは、地球と月の距離の変化と地球の自転速度の関係を計算してみよう。

【2. 月と地球の運動】

  地球上の物体に及ぼす引力は、太陽の方が月より約180倍程度大きいが、潮汐力は重力場の勾配
 による作用であり、質量が小さくても距離が近い月のほうが潮汐力は強く、太陽は月の0.45倍の潮汐力
 しかもたない。
 月と太陽の潮汐力の影響については、月が地球に近かった過去に遡るほど月のほうが大きかったであろう。

  自転や公転のようなある軸に対して回転運動を伴う物体の運動を取り扱う場合は、慣性モーメントを
 用いると便利である。さらに、慣性モーメントと角速度から、回転運動の角運動量やエネルギーを求める
 ことができる。
 慣性モーメントは物体の形状によって異なるが、円や球など対称性が高く、簡単な形状のものは容易に
 手計算(積分計算)で計算できる。

  地球内部はコア、マントル、地表の3層から構成されていて、密度も一様ではなく、また、マントルでは
 対流も発生するが、このHP内では地球を密度一様の剛体の球とみなして取り扱う。

 地球と月の閉じた系で考えると、地球は1日で一回自転するので、自転軸まわりの慣性モーメントと角速度
 から求められる自転の角運動量を持つ。一方月は、常に同じ面を地球に向けて公転しているので自転周期は
 公転周期と同じ約一月であり、地球に対して大きさはもちろん、質量も小さく(約1/81)、月の自転の角速度
 も小さい(約1/27)ので、月の自転に関する慣性モーメントおよび自転の角運動量も非常に小さくなる。
 ここでは月については自転の角運動量を無視して、公転の角運動量だけを考えていく。
 月の公転の角運動量は、月を地球を中心として公転する質点と見なして、月の質量と月までの距離及び公転
 の角速度から求める。

【3.球体の慣性モーメントと自転、公転の角運動量やエネルギーの公式】

  計算に使用する慣性モーメント、及び回転体の角運動量やエネルギーに関する公式を紹介しておこう。
 質量Mで半径 r の密度一様な剛体の球Xの場合、球の中心を通る軸に対する球の慣性モーメント I0 は
 次のようになる。

  I0=2/5・M・r2 ・・・(1)

  次に、特に物体の形状に関わらず、慣性モーメントに関して成り立つ関係式を紹介する。
   
 ある物体があり、その重心を通る軸の一つをY軸とする。Y軸の慣性モーメントを I 0とするとき、
 Y軸に平行で距離が d だけ離れた 回転軸 Y’に対する物体の慣性モーメント I は次の式である。

   I= I 0+M・d2 ・・・(2)

  角運動量Kと慣性モーメント I との関係は、回転軸 Y’のまわりの角速度 ω として次の式になる。

  K=ω・I ・・・(3)

  Y’軸に対する物体の回転の運動エネルギーE0は、下記となる。

  E0=ω2・I/2 ・・・(4)

【4.地球と月の角運動量保存則からの関係式】

 地球と月の系での角運動量が保存されるものとして以下考察してみよう。

 地球に関して、その自転角速度ω、質量M、半径Rとする。
 式(1)を用いれば、地球の自転の慣性モーメント I J は下記となる。
  I J=2/5・M・R2 ・・・(5)

 地球の自転軸に対する自転の角運動量 K J は、式(3)の関係から
  K J=ω・I J
  =2/5・ω・M・R2 ・・・(6)

 月は常に地球に同じ面を向けており、その自転周期は約一月に及ぶので自転を無視して公転の
 角運動量だけを考慮することにしよう。
  月と地球は厳密には共通重心の周りを回るが、月は地球の1/81の質量しかないのでここでは
 地球の中心から距離 r を回る質点と見なして簡素化し計算してみる。(注)

 --------------
 (注)質点と見なして簡素化するのは次の理由による。
  月の質量 m 、月の半径Rm、地球と月の距離を r としたとき月の自転の慣性モーメントIm0は
  式(1)を適用して
    Im0=2/5・m・Rm2
  また、地球自転軸に対する月の慣性モーメント Im は式(2)から次のようになる。
    Im= Im0+M・r2=2/5・m・Rm2+m・r2
  ところが、r =380000km、Rm=1700kmなので、 r ≫Rmであり、 Im≒m・r2となる。
  つまり、月を質点とみなして計算した場合と同じである。
 ---------------

  月の公転角速度をΩ 、地球自転軸に対する月の慣性モーメントをImとすれば、月の公転の角運動量K mは

 K m= Ω・Im=m・Ω・r 2 ・・・(7)

 地球と月を一体とした地球-月システムの全角運動量 K は下記となる。
 K(一定)=K J+K m ・・・(8)

 従って、
 K(一定)=2/5・ω・M・R2+m・Ω・r 2 ・・・(9)

 ここで ω1:過去の地球の自転角速度、ω2:現在の地球の自転角速度、 Ω1:過去の月の自転角速度、
 Ω2:現在の月の自転角速度、m:月の質量、R:地球の半径、 r 1:過去の地球と月の距離、
 r 2:現在の地球と月の距離 とすれば、上の式から次の式が導かれる。

 2/5・(ω1-ω2)・M・R2=m・Ω2・r 22-m・Ω1・r 12  ・・・(10)

  一方、地球と月の間に働く引力と月の地球に対する遠心力は釣り合っているのでその運動方程式は
 G・M・m/r2=m・r・Ω2  ・・・(11)  (G:万有引力定数)

 式(10)と式(11)から
 ω1=5/2・m/M/R2・{(G・M・r2)1/2-(G・M・r1)1/2}+ω2  ・・・(12)

 さらに、地球の地表面の重力加速度を g(=9.8m/s2) 、地球の半径をRとしたとき以下の関係がある。

 g=GM/R2  ・・・(13)

 式(12)と式(13)から次の式が求められる。下記の式は潮汐が起こる海をもつ惑星と海をもたない
 衛星を1つ持つシステムの一般式である。
 ω1=5/2・m/M/R・{(g・r2)1/2-(g・r1)1/2}+ω2  ・・・(14)

 地球-月のシステムでは月の質量 m は地球質量Mを1としたとき、その相対質量は0.0123であるから、

 m/M=0.0123 ・・・(15)

 これを、式(14)に適用すれば、次のようになる。
 ω1=0.03075/R・{(g・r2)1/2-(g・r1)1/2}+ω2 ・・・(16)

 現在の月の公転半径 r 2 は3.844×108m、地球は 86400秒(=24Hr)で1回自転するので、
 現在の地球の自転角速度 を ω2 とすると、
 
 r 2=3.844×108
 ω2=2π/86400=7.272×10-5rad/sec

 過去の月の公転半径 r 1=2×107m(=2万km)のときの、自転角速度ω1を式(16)から求めると

 ω1=0.03075/6400000・{(9.8・ 3.844×108)1/2-(9.8・2×107)1/2}+(7.272×10-5) 

 ゆえに、過去の地球の自転の角速度は
 ω1=0.0003 rad/sec

 従って、過去のある時点で月の公転半径が2万kmだった時点の地球の自転周期、つまり
 1日は次のような計算結果となる。

 自転周期=2π/0.0003=20944 sec=5.81Hr

 下記は上のようにして求めた月の距離と地球の自転のシミュレーショングラフである。



 月がどこまで地球に近かったかについては、主星の周りを公転する伴星がその形を維持可能な
 限界距離であるロシュ限界を考慮する必要がある。もし、主星である地球の中心から月がロシュ
 限界以内にあると、地球の引力による潮汐力の作用で月は破壊され、バラバラの破片になって、
 地球の周りを土星の輪のようにまわるか、地球に吸収されただろう。地球中心からの月のロシュ
 限界は9500km程度であり、月はこの半径より常に外側に存在したものと考えられる。

【5.地球の自転速度の変化率】

 さて、【3.球体の慣性モーメントと自転、公転の角運動量やエネルギーの公式】で紹介した公式
 を用いて、地球の自転速度の変化を計算してみよう。
 
 地球を質量Mで半径 R の密度一様な剛体の球としたとき式(5)より、地球の自転の慣性モーメント
 I Jは

  I J=2/5・M・R2 ・・・(5)

 また、式(6)より地球の自転の角速度をωとしたとき、地球の自転の角運動量 KJ は

  K J=ω・I J=2/5・ω・M・R2  ・・・(6)

 ここで、地球の自転周期をTとすれば、T=2π/ω の関係があるので、式(6)は次のようになる。

  KJ=4π/(5T)・M・R2  ・・・(17)  

 次に月の公転の角速度を Ω とすれば、式(7)から月の公転の角運動量Kmは
  Km=m・Ω・r2 ・・・(7)

 地球-月システムの全角運動量 K は、地球の自転角運動量と月の公転角運動量の総和であり、
 角運動量保存則から一定となるので
 K(一定)=K J+K m=4π/(5T)・M・R2+m・Ω・r 2 ・・・(18)    

 式(18)を微分すると
 -4π dT/(5T2)・M・R2+d(m・Ω・r2)=0  ・・・(19)

  一方、地球と月の間に働く引力と月の地球に対する遠心力は式(11)の運動方程式を再度
 以下に示すと
 G・M・m/r2=m・r・Ω2  ・・・(11)

 式(11)から
 Ω=(GM/r3)1/2  ・・・(20)

 式(20)を式(19)に代入すると
 -4πdT/(5T2)・M・R2+d{m・(GMr)1/2}=0 ・・・(21)

  従って、
 4πdT=m・T2・(GM/r)1/2dr/(2/5・M・R2) ・・・(22)

 ここで、地球の自転の慣性モーメント I0=2/5・M・R2なので、最終的に
 自転周期の変化の式として下記を得る。
 dT=m・T2・(GM/r)1/2dr/(4π I0) ・・・(23)
 
 式(23)は、月の距離の変化 dr に対する地球の自転周期の変化 dT を求める式である。
 さて、計算のためのパラメータとして
 月の質量        m=7.35×1022kg
 現在の地球自転周期 T=86400sec
 万有引力定数     G=6.67×10-11m3kg-1sec-2
 地球質量        M=5.97×1024kg
 地球と月の距離    r=3.844×108m
 地球半径        R=6.4×107m
 月の年間の距離変化 dr=0.038m/year(=3.8cm/year)

 さらに地球の自転の慣性モーメント、 I0=2/5・M・R2=9.79×1037
 式(23)に上記パラメータを入れると
 dT=1.7249×10-5sec/year

 月は現在、年間3.8cmの割合で離れ、地球の自転は、1.7249×10-5sec/yearだけ
 自転が遅くなる計算になる。


(ホーム) このページの無断転載、無断引用を禁じます。
inserted by FC2 system