宇宙ヨット イカロス(2020/2/19)

【1.イオンエンジンと宇宙ヨット】

  太陽系内探査では、日本のJAXAが小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」が小惑星イトカワや
 リュウグウの探査を行い、世界の注目を浴びた。
 初代「はやぶさ」は小惑星イトカワに着陸、イトカワ表面の観測や密度等を測定、60億キロの旅程
 を終えて地球に微量ではあるが小惑星表面サンプルを持ち帰った。「はやぶさ2」も小惑星リュウグウ
 を探査、サンプルを回収して2020年末に帰還予定であり、地球の成り立ちに関する研究に貴重な情報を
 持ち帰る。少ない推進剤で数十億キロにわたる適切な軌道を維持するためには大きな軌道変換能力が
 必要であり、それを支えたのがイオンエンジンである。

  イオンエンジンのキセノンガスの噴射速度は秒速30kmで、ケロシンを燃料とする化学ロケットの10倍の燃焼
 ガス噴出速度であり、液体水素を燃料として世界トップクラスの比推力を持つ日本の化学ロケットH2Aの液体
 酸素・液体水素エンジンに比べても6倍以上の速度になる。
 化学ロケットは衛星や国際宇宙ステーション(ISS)に運ぶ物資など十数トンのペーロードを地球周回軌道
 に運べる強力な推力を持つが、イオンエンジンは1円玉の2~3個分の重さ程度の推力しかない。
 しかし、イオンロケットは化学ロケットの数万倍の噴射時間と化学ロケットに比べて遥かに高速でイオン
 ガスを噴射することで最終到達速度や制御できる飛行距離は化学ロケットの6~10倍以上になる。

  JAXAがもう一つ試しているのが、太陽光による推進方式だ。JAXAは、2010年にH2Aロケット17号機で金星
 探査機あかつきを打ち上げたが、このとき一緒に打ち上げられたのが小型ソーラー電力セイル実証機
 (IKAROS)である。以下イカロスと呼ぶ。
 
 
  イカロスは質量310Kgで14m四方のソーラーセイル(以下帆と呼ぶ)を広げ、太陽光を受けて飛行する宇宙ヨット
 とも呼ぶべき機体であり、太陽光を帆を受けることによる加速、太陽光による帆での発電、液晶デバイスによる
 帆の向きの調整と軌道制御、太陽光による発電などのミッションを成功させた。

  イカロスの主な推進方式は太陽光を帆で受け、太陽光の輻射圧によって推進する方式であり、化学ロケット
 のような燃料を使わない。また、化学ロケットよりも遥かに少ないもののキセノンなどの推進材を必要とする
 イオンエンジン推進方式に比べて、さらに省エネ型推進方式である。
 一方で、太陽光のような恒星の光を用いる方式では恒星からの距離の二乗に反比例して光の強さは減衰して
 いくので、やがて速度は頭打ちとなる。このためアメリカなどでは将来はレーザー光を地球からソーラーセイル
 に当てることで加速を保ち、より速い速度を得ようとする構想もある。


【2.イカロスへの太陽光圧】
 
 イカロスの帆の面積は、14m四方の196m2であり、地球近傍の宇宙空間での太陽光の強さは太陽定数として
 1370W(ワット)/m2として知られているので、太陽から地球と同じくらいの距離にイカロスが位置している
 ときのイカロスの帆が受ける毎秒あたりの太陽光エネルギーを計算できる。
 イカロスの帆が受ける毎秒あたりの太陽光エネルギーをEsailとすれば

 Esail=1370×196=268520 J(ジュール)  ①

 一方、光の運動量は、光子一個の運動量を P として、P=h/λ(h:プランク定数、λ;光の波長)の関係があり、
 光子一個のエネルギーは E=hν(ν:光の振動数)であるから、光速度をc(=3×108m)として次のようになる。
 
 P=h/λ=h/(c/ν)=hν/c=E/c ②

 ①と②から、帆が太陽光によって毎秒あたり受ける運動量(力に等しい) Pは
 
  P=Esail/c=268520/(3×108)=8.95×10-4N ③

 さらに、式③の毎秒あたりの運動量は光をすべて帆が吸収した場合であり、実際の帆は光を反射する。
 光の反射率がX%の場合、帆が受ける毎秒あたりの運動量は、光を全部吸収したときよりも大きくなる。

 これは、球同士の衝突で例えれば、球が完全弾性衝突(静止していた球に他の球がぶつかり、ぶつかって
 きた球が衝突前の速度と100%同じ大きさの速度で反対方向に弾かれる場合)したときの方が、非弾性衝突
 の場合よりも静止していた球に与える運動量が大きいのと同じである。反射率を考慮すれば

 Psail=(1+X/100)・P  ④

 また、太陽光に対する帆の投影面積が小さくなれば、④よりも帆が受ける運動量は小さくなるので姿勢制御
 が重要になる。

 太陽からの距離が1AU(※)付近でイカロスが帆を全開にした状態で帆の面積と太陽光に対する投影面積が等しい
 時、帆の太陽光の反射率を0<X<100の範囲で式④を用いて推定すれば、下記のようになる。
 (※)距離の単位で、1AU=1天文単位と呼び、太陽と地球の平均距離を1AUとする。1AU≒1.5×1011m)

 8.95×10-4N<Psail<1.89×10-3N  ⑤

 JAXAのイカロスの運用報告(小型ソーラー電力セイル実証機(IKAROS)の定常運用終了報告 H23.1.26)
 によれば、イカロスは2010年6月9日に帆を二次展開し、太陽から1.05AU(※)の距離から加速試験を行い、
 ドップラーモードによる太陽光圧の測定値は1.12mN(1.12×10-3N)となっていて、⑤の範囲内である。

【3.宇宙ヨットの加速度】
 太陽から1AUの距離を保って太陽を公転している宇宙ヨットが、ある時点(その時刻をt=0とする)で帆を開き
 太陽光を受けて公転軌道から離脱していくとき、宇宙ヨットが太陽から遠ざかる速度と太陽との距離の変化を
 考えてみる。宇宙ヨットの帆の面積はS、質量Mとして、太陽に対する宇宙ヨットの投影面積はSとする。

 太陽光圧を宇宙ヨットの質量で割ったものが宇宙ヨットの加速度になるが、太陽光の強さW は宇宙ヨットと
 太陽の距離の二乗に反比例するので加速度 a も太陽からの距離の二乗に反比例して変化する。

 太陽光の強さ W =W0(r0/r)2  ⑥ 
 (W0:太陽定数1370W/m2 r0:1.5×1011m(=1AU) r:宇宙ヨットと太陽の距離(単位AU))
 
 太陽光圧 P=E/c=W・S/c 

 さらに太陽光圧による宇宙ヨットの加速度 a は太陽光圧を宇宙ヨットの質量で割ったものであるから

 a=P/M=W・S/(Mc)=(W0・S・r02/(Mc))・/r2

 ここで、加速度 a は、宇宙ヨットと太陽との距離 r の二階微分に他ならないので、rを時間の関数r(t)と
 するならば下記のようになる。

 a=d2r(t)/dt2=(W0・S・r02/(Mc))・/r(t)2    ⑦
 
 ⑦からわかる通り、rが増加すれば、加速度も急速に減少するので速度の増加も頭打ちになる。
 下記は反射率70%でイカロスが1AUの距離から加速して15年経過したときの速度変化を計算してみたものである。
 
 (縦軸:速度(m/s)、横軸:経過年数)


 宇宙ヨットの累積速度、移動距離を計算するツール
 ある恒星から距離rに留まっていた宇宙ヨットが恒星の光圧で加速を開始した後の累積速度と恒星から遠ざかった距離を計算する    恒星からの最初の距離 r0(単位AU 初期値は1)(1AU=1天文単位で1.5×1011m)  恒星から距離r0での光のエネルギー(単位W 初期値は太陽定数) 宇宙ヨットの質量M(単位kg 初期値イカロスの質量)  宇宙ヨットの帆の面積S(単位m2 初期値イカロスの帆の面積)  帆の光反射率X(単位% 初期値70%)  加速開始からの経過時間y(単位年)  
 (a)宇宙ヨットの累積速度=(m/s)  (b)宇宙ヨットと恒星との距離の増加=(km)
(ホームへ)
inserted by FC2 system