ハッブルの法則(2013/7/14)

【1.ハッブルの法則】

 アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが発見した法則で「ほとんど」の銀河のスペクトルで
 赤方偏移が見られ、より遠方の銀河ほど赤方偏移が大きいことを見出した。赤方偏移については後述
 するが、遠方の銀河になるほどその銀河から届く光の波長が長波長側にずれていることが観測された
 のである。
 
 光の波長が伸びる原因として、主要なものは次の説である。
 ・天体の運動に基づくドップラー効果
 ・宇宙空間の膨張
 ・光が重力場の中を通過するときのエネルギー損失
 (※)ドップラー効果による赤方偏移は天体が遠ざかる運動することによるものであり、近づいて
  くる場合は青方偏移が起こる

 Web上では、現時点でドップラー効果、または宇宙空間の膨張により赤方偏移が起こるという説明が
 多いようである。ドップラー効果にせよ、宇宙空間の膨張にせよ赤方偏移はいづれも天体が地球から
 遠ざかることを示している。地球から見た天体の遠ざかる速度を後退速度という。 

 もちろん、全ての天体が赤方偏移しているわけではなく、例えば、我々の銀河に一番近い銀河である
 アンドロメダ銀河(M31またはNGC224)では青方偏移が観測される。この銀河は肉眼でも見られる天体
 であり、我々の銀河に毎秒122kmという速度で接近している。太陽系は銀河の辺縁を回転しており、
 この回転速度もあるので太陽系との相対的な接近速度は 300km/sec とも言われている。

 青方偏移の例はあくまでも、我々の銀河近傍のアンドロメダ銀河のような場合である。
 ドップラー効果を想定するにせよ、宇宙空間の膨張による影響を想定するにせよ赤方偏移は極めて遠方
 の天体にならないと顕著にならないのである。
 つまり、アンドロメダ銀河程度の近さでは宇宙空間の膨張を想定したとしても天体の後退速度は大きく
 なく、接近してくる天体の運動速度がそれを上回る場合も普通にありえるわけで、その場合は青方偏移
 が観測されることになる。

 ハッブルが見出した法則は、地球と天体の距離 x と天体の後退速度 v を測定して、次のように定式化
 された。

 v=H0・x   (1)  (ここでH0:ハッブル定数)

 ハッブル定数の値は2013年現在で H0=約70 km/s/Mpc である。
 ここでMpcはメガパーセクの略で、Mpc=100万パーセクであり、1パーセク=3.26光年である。
 ハッブル定数の H0=約70 km/s/Mpc は326万光年遠ざかるごとに秒速70kmずつ速度が増えること
 を示している。秒速70kmの速度は時速に換算すると、252000km/Hrであり、東京-大阪間(新幹線の
 駅間距離で556.4km)を8秒で通過する。

 つまり、326万光年の距離にある銀河は秒速70kmで遠ざかり、326万光年の2倍の652万光年離れた
 ところにある銀河は秒速140kmで遠ざかっていることになる。

 銀河の後退速度 v は 地球と銀河の距離 x を時間 t で微分したものであり、v=dx/dt なので
 ハッブルの法則の式(1)は次のように書き換えることができる。
 
 dx/x=H0 dt (ここでH0:ハッブル定数、地球と銀河の距離 x)

 上の式を積分すると下記となり
 x=A・eH0 t (A:定数)
 
 つまり、ハッブルの法則は、地球と銀河の距離 x が時間に対して一定の増加ではなく、指数関数的に
 増加していることを示している。
 遠方の天体が一様に時間に対して指数関数的に地球から遠ざかっているというのは何を意味している
 のだろう?

【2. 赤方偏移】

 赤方偏移とは主に天文学で使用される用語であり、観測する非常に遠くの銀河などの天体からの光が
 長波長側にずれていることを指す。
 
 さて、それでは光が長波長側にずれていることはどのようにしてわかるのだろうか?
 天体からの光は種々の波長の光を含み、これを分光器にかけると下記のような長波長から短波長まで
 の光のスペクトルを得ることができる。
 

 スペクトルの中には非常にシャープないくつもの暗線がある。
 この暗線は、ドイツの物理学者であるフラウンホーファーが太陽光線のスペクトル中に発見したもの
 で主要な暗線にAからKまでの記号を付け、弱い暗線には別の記号を付けて整理したものである。

 暗線ができるのはなぜか。天体から放射される光は最初はいろんな波長を含んでいるが、その光が
 天体を構成するガス中の水素や酸素、ナトリウム、鉄などの元素によって吸収されるためである。

 各元素が吸収する光の波長は各元素の電子軌道の遷移エネルギー準位によってそれぞれ決まっており、
 吸収された波長の部分が欠落し、スペクトル上で決まったパターンの暗線となって現れる。

 太陽光線のフラウンホーファー線(暗線部分)のパターンを基準として、他の天体のスペクトルで
 対応する暗線のパターンと照合し、波長のずれを調べる。例えば、下の図で上段を銀河のスペクトル、下段
 を太陽のスペクトルとするとフラウンホーファー線のずれをみることで波長がどの程度ずれているかを
 知ることができる。

 

 赤方偏移 z の定義は、ある暗線に対して
 天体のスペクトルの暗線の波長λ、太陽のスペクトルの暗線の波長λ0として

 z =⊿λ/λ0 (2)  (z:赤方偏移、⊿λ:波長のずれであり、⊿λ=λ-λ0) 

 赤方偏移 z は 次のようにも表現できる。
 z=λ/λ0-1 (3)

【3.ドップラー効果による赤方偏移の説】

 ドップラー効果によって赤方偏移が発生しているならば、その原因は「天体の運動」によるものと
 いえる。ドップラー効果でもっとも身近な例は、救急車が接近するときは音が高く、遠ざかる時に
 音が低く変わる現象がある。音源は一定の波長の音波を出しているが、音波を受信する人には
 音源の物体の受信者から見た運動方向によって、波長が変わって聴こえる。

 光でもドップラー効果が生じるので、天体など光源の振動数と観測者に届く光の振動数は異なる。
 但し、音に対して光の速度は約90万倍であり、光のドップラー効果が明確に観測できるほどの
 天体は極めて高速になるので、相対性理論の適用が必要になってくる。
 物体と観測者を結ぶ直線に対して角度θをなし、速度 v で物体が運動するとき、光速度をc、
 物体から出る光の振動数をν0とすれば、観測者に届く光の振動数νとの関係は

 ν=ν0{1-(v/c)2}1/2/{1+(v/c)cosθ} (4)
 (※ここでは物体と観測者を結ぶ直線を動径として、動径が増加する方向の速度で v>0 としている)

 

 上の式(4)は、特殊相対性理論による観測者に対して高速で動く天体側の時間の遅れを考慮した
 ドップラー効果の式であり、{1-(v/c)2}1/2が追加されている。

 ここで光の波長で上の式を表わしてみよう。物体から出る光の波長をλ0、観測者に届いた光の波長を
 λとすれば、光速度 c に対して、c=λν=λ0ν0の関係があるので

 λ/λ0=ν0/ν  (5)

 従って、式(4)と式(5)から次の式が導かれる。
 λ/λ0={1+(v/c)cosθ}/{1-(v/c)2}1/2 (6)

 ハッブルの法則では数千万~数億光年の距離にある天体は亜光速で遠ざかっていることになる。
 地球の観測者からは視線方向の速度以外は無視できるようになるので式(6)でθ=0と置くと下記の
 ようになる。

 λ/λ0=[{1+(v/c)}/{1-(v/c)}]1/2 (7)

 式(3)と式(7)を組み合わせると赤方偏移 z から天体の後退速度 v を求める次の式を得る。

 v=c・(z2+2z)/(z2+2z+2) (8)

 式(1)と式(8)から、地球と天体の距離 x は

  x=(c/H0) (z2+2z)/(z2+2z+2) (9)

 式(8)では赤方偏移 z が無限大で天体の速度は光速に達し、その時の距離は凡そ137億光年になる。
 既に説明したように式(8)の天体の後退速度 v や、式(9)の地球と天体の距離 x は特殊相対性理論に
 よるドップラー効果の補正から得られるものであり、空間の膨張を考慮したものではない。

【3.宇宙空間の膨張による説】

 赤方偏移がドップラー効果ではなく、空間の膨張によって起こると考えた場合はどうなるのだろうか?
 この説では空間の膨張に合わせて光の波長も伸びるという考えをしている。
 宇宙空間の膨張と天体からの光の波長の伸びが「単純に」比例するものと考えた場合は赤方偏移と
 天体の後退速度 v の関係は下記の式になる。

 v=cz (10)    (ここで v:天体の後退速度、c:光速度、z:赤方偏移)

 式(10)では、赤方偏移 z=1 で v=c となり、天体の後退速度 v が光速度 c に達する。
 ハッブルの法則の式(1)から、v=c である天体との距離 x は下記の通り、およそ138.7億光年となる。
  
 x=c/H0=1.3133×1026m=1.3872×1010光年 (ここでH0:ハッブル定数) 

 式(10)では、空間の膨張により赤方偏移 z>1となる天体の空間の座標は地球に対して光速度を超えて
 遠ざかるので、天体の光は決して地球には届くことはない。しかし、数年前までに極めて遠方の「天体」
 で赤方偏移が z=6 程度、その後 z=10 を超えるものが観測されている。式(10)ではz>1のとき、天体の
 後退速度は光速を超えるので、赤方偏移の光は届くはずがないはずだが、光が観測されるというのはなぜ
 だろう。実は式(10)は zが1よりかなり小さい場合だけ、すなわち z≪1 で成り立つのである。

 もともと空間の膨張の考え方は一般相対性理論から出てきたものである。アインシュタインによる
 一般相対性理論(1916年)で提示された宇宙に関する方程式は下記であり、
 Gμv=(8πG/c4)Tμv
 (ここでGは万有引力定数、cは光速度、Gμvはアインシュタインテンソル、Tμvはエネルギー・運動量
 テンソルである)
 左辺は空間の曲率を示すものであり、右辺は物質場の分布を示している。
 但し、この式が導く結果は収縮する不安定な宇宙像(※)を示しており、アインシュタインが考えていた
 宇宙像とは異なっていた。彼は宇宙は収縮も膨張もしないという定常宇宙を想定していた。
 (※)右辺の物質の分布により空間の曲率が生じ、生じた空間の曲率が物質の分布を凝縮し、さらに空間
  の曲率を増加させ、物質分布もさらに凝縮するということで宇宙が縮小してしまうからである。
  但し、物質分布の非一様性によって、収縮も膨張もすることが後にわかってくる。

 そこで「宇宙を安定させるため」に方程式に宇宙項Λ(ラムダ)を付け加えた(1917年)。
 (補足:元の方程式に宇宙項 Λを加えても数学的には問題はない)
 GμvΛgμv=(8πG/c4)Tμv

 その後、ハッブルの発見で宇宙が膨張し、定常的な宇宙ではないことが示されると宇宙項Λを導入したことを
 大いに悔いたという。アインシュタインにしてみれば、彼の宇宙観(定常宇宙)と実際の宇宙が異なっていた
 ことだけでなく、宇宙が収縮叉は膨張するケースについては、先に述べた通り、宇宙の物質分布に非一様性
 があれば、宇宙項Λの無い元の方程式でも説明できるので宇宙項Λの導入は蛇足になったからである。
 アインシュタインは宇宙項Λ導入を後悔したまま1955年に死没した。

 ところが、近年、 Ia型超新星を用いた宇宙の膨張速度の観測により宇宙の膨張が加速していることが分かり、
 宇宙の「膨張を加速させる」なんらかの斥力(物体を遠ざける力)が働いているのではないかと考えられる
 ようになった。つまり、アインシュタインが導入した宇宙項が再び復活したのであるする。

 アインシュタインが導いた方程式は宇宙項の値によって、加速する膨張宇宙も表わすことができる。
 現在では宇宙方程式の宇宙項 Λ を斥力と見て、その原因となる未知のものをダークエネルギーと呼んでいる。

 現在は宇宙を支配する力として、重力、ダークマター、ダークエネルギーの3つが想定されているが、当初は
 重力のみしか想定されておらず、重力の効果を扱うのに相応しい一般相対性理論を用いて研究が行われた。
 その後、宇宙の「加速的」な膨張について、物質だけからなる宇宙、放射のみからなる宇宙、物質と宇宙項 Λ
 を含む宇宙などの種々の宇宙モデルを設定し、一般相対性理論を適用して、宇宙の膨張係数(スケールファクター)
 や宇宙の年齢に関する研究が行われるようになった。このような研究によって、
 ハッブル定数も一定ではなく時間に伴い変化してきたと考えられるようになった。
 
【4.天体の実際の速度と距離】 

 一般相対性理論をベースにして求めた天体の後退速度は、ドップラー効果を特殊相対性理論で補正
 した式(8)による後退速度よりも大きく、式(10)の後退速度より小さい値となる。
 また、一般相対性理論をベースにして求めた天体との距離を共動距離(Co-moving distance)と呼ん
 でいる。
 
 宇宙の果てはどのくらいになるのか。 ビッグバン時の残光とされる宇宙背景放射はNASAのWMAP
 探査機などの観測などもあって、赤方偏移は1000に達するとされている。
 一般相対性理論のモデルに基づく計算を行うと赤方偏移1000の場合、その光を出した領域はずっと
 地球に近い場所(5000万光年)になる。5000万光年の距離から地球に向けて出発した光は空間の膨張
 により、地球への到達が遅れ宇宙の年齢にほぼ等しい138億年かけて地球に届くが、その領域は現在
 、約460億光年のかなたを超光速(※)で遠ざかっている。つまり、宇宙の果ては共動距離で約460億
 光年のかなたになる。
 (※ 物体の運動速度ではなく、空間自身の膨張による速度のため、特殊相対性理論、一般相対性理論
   にも矛盾しないとされている。)

 さて、ここまで
 ・特殊相対性理論による光のドップラー効果
 ・一般相対性理論による宇宙空間の膨張

 これら2つのケースで地球から遠方の天体の後退速度や距離について述べてきたが、どちらが正しい
 のだろうか。
 地球から遠方の天体になるほど赤方偏移の値が増加するという現象は、宇宙の他の場所でも同様に観測
 されるだろう。地球からの観測時にだけ、この現象が観測されるなどというのは地球が宇宙の中心でも
 ない限り不自然である。
 
 空間が膨張せず、天体の運動によるドップラー効果によって、この現象が起きるのか考えてみよう。
 球面で宇宙を考えると、空間が膨張しない場合、すなわち、宇宙の大きさが不変となる(球面の面積が
 一定になる)。この時、宇宙のどの場所からでも(球面上のどの点からでも)遠方の天体の全てが「運動」に
 よって遠ざかるように観測されることは考えられず、半数は近づいてくるはずである。
 例えば、地球の位置をA、球面の真反対の位置をBとしよう。
 地球から見て遠方の天体がすべて遠ざかるなら、遠ざかる天体の行き先は座標Bに向かっているはずで
 あり、Bではこれらの天体は赤方偏移ではなく青方偏移が起きるはずである。
 つまり、宇宙のどこでも遠方の天体になるほど赤方偏移の値が増加するという現象は天体の運動による
 ドップラー効果ではなく、宇宙空間が膨張していると考えるほうが妥当と思われる。 
 
 ではハッブルの法則はどこまで成り立っているのだろうか。ハッブルの法則が発見された当時の測定の
 範囲は数Mpcであり、現在は数百Mpcの範囲の観測も可能となって、その範囲でもハッブルの法則が
 成り立っていることが確認されている。しかし、数千万Mpc以上の遠方の天体になると天体の正確な距離
 を求めるのも非常に困難となり、宇宙の全領域でハッブルの法則が成り立っているのか現時点では確認は
 できていない。

 以下に、「特殊相対性理論による光のドップラー効果」の説と「一般相対性理論による宇宙空間の
 膨張」説に関して、赤方偏移の値から天体の後退速度や距離を求める計算ツールを用意してみた。

 「一般相対性理論による宇宙空間の膨張」説の計算は赤方偏移が大きくなると誤差が大きくなると
 されているためツールでは積分計算の回数を増やして対応している。


 赤方偏移 z の値から天体の後退速度、天体の距離を計算するツール
 ハッブル定数 H0(2013年時点の値として初期値=70.5)  密度パラメータ(全物質密度パラメータ)(2013年時点の値として初期値=0.27)  宇宙項 Λ(ダークエネルギー密度パラメータ)(2013年時点の値として初期値=0.73)  赤方偏移 z(0.01以上1100以下で計算)  
 【特殊相対性理論により補正した式(8)、(9)での計算結果】(ドップラー効果説の計算:現在は非主流の理論)  (a)天体の後退速度=(km/s)で光速の%で遠ざかっている  (b)天体の距離=億光年  【一般相対性理論による共動距離などの計算結果】(宇宙空間の膨張説:現時点の主流の理論)  (c)天体の後退速度(km/s)  (d)天体から光が出発したときの天体と地球の距離億光年  (e)天体からの光が地球に届くまでにかかった時間億年  (f)現在の天体の距離(共動距離)億光年  【補足】   赤方偏移 z が0.1程度までは空間の膨張の程度が小さいので天体までの距離 (b)と(f)はほぼ近い値になる。   しかし、z が増加すると空間の膨張の影響が大きくなるので、(b)と(f)は乖離していく。   z が大きいときは、(b)の「天体の距離」は(e)の「天体からの光の到達時間」に近づいていく。
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