新型コロナウイルス(2020/09/03)

【1.ウイルスの突然変異はなぜ起こりやすいのか】

微生物のアメーバ、細菌は細胞を持ち、単独で増殖できるが、ウイルスは細胞を持たず単独で増殖が
できない点で以前は非生物扱いされてきた。
しかし、生物と非生物を定める定義は現時点でも未だなく、非細胞生物ともいわれる。

遺伝子としてウイルス以外の生物はDNA(デオキシリボ核酸)を遺伝子として用いると考えられているが
、ウイルスには遺伝子としてRNA(リボ核酸)を用いるものもある。
例えば、アデノウイルスはDNAを用いるが、コロナウイルスはRNAを用いる。コロナウイルスが突然変異
しやすいのは遺伝子として安定性が低く突然変異を起こしやすいRNAを用いているからである。

以下、DNAとRNAの遺伝的な安定性の違いを構造で説明していこう。

まず、DNAとRNAに関する基本的な用語、知識を少し説明する。
炭素原子5個を持つ五炭糖に塩基(※)が一つ結合したものをヌクレオシドと呼ぶ。
(※)塩基としてはアデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルがある。
ヌクレオシドにリン酸が結合してヌクレオチドとなり、これがDNAとRNAを構成する最小単位である。
このヌクレオチドが次々に繋がって鎖状になり、DNAやRNAを構成する。

DNAとRNAでは五炭糖に違いがあり、DNAではデオキシリボースという五炭糖で、RNAではリボースと
いう五炭糖になる。
DNAの塩基はA(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の4種類で、RNAはT(チミン)の代わりに
U(ウラシル)になる。
ヌクレオチドの鎖の塩基の配列は合成する蛋白質の設計図となるアミノ酸の配列を表している。

DNAとRNAの構造について以下の記号を用いて簡略化して示していく。 
〇:五炭糖(DNAではデオキシリボース、RNAではリボース)
P:リン酸
A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)、U(ウラシル):塩基

(DNA簡略図)
DNAは二本のヌクレオチドの鎖の塩基同士が水素結合し、二本鎖の構造を持つ。水素結合する塩基の
組み合わせは決まっており、A(アデニン)はT(チミン)と結合、G(グアニン)はC(シトシン)と結合する。
これはちょうどフィルムのポジとネガの関係のようなものである。

〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇・・・・
| | | | | | | | | | | | | | | | | | 
T T A G T A C C A C G T G G T
| | | | | | | | | | | | | | | | | | 
A A T C A T G G T G C A C C A
| | | | | | | | | | | | | | | | | | 
〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇・・・・

(RNAの簡略図)
RNAは一本鎖であり、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)はDNAの塩基と同じだが、RNAでは
T(チミン)ではなく、U(ウラシル)を用いる。

〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇P〇
| | | | | | | | | | | | | | | | | | 
A U G U U A G U A C C A C G U G G U

蛋白質は20種類のアミノ酸で合成されるが、DNAやRNAの塩基の配列は蛋白質を合成するときのアミノ酸
配列を表している。連続する3つの塩基で一つのアミノ酸を示している。
上のRNA簡略図の例では、先頭の3つの塩基の配列であるAUGは合成開始のコードで、そのあとにアミノ
酸のコードの配列が続いている。AUGに続くUUAはロイシン、次のGUAはバリン、さらにCCAはプロリン、
CGUはアルギニン、GGUはグリシンという順番でアミノ酸を用いてタンパク質を合成することを表して
いる。

DNAの立体構造は2本鎖による螺旋(らせん)構造である。
(イメージ図はWikipediaより引用)

DNAではこのA/T、G/Cの相補的結合による2本鎖の構造のおかげで、片方の鎖の塩基に変異が生じても、 容易に修復がなされ、遺伝子の安定性が高い。これはポジとネガのフィルムのどちらか一方が損傷しても 片方が無事であれば修復できることと似ている。 しかし、RNAでは一本鎖のため安定性に欠けており、これが突然変異し易い理由である。 【2.新型コロナウイルスの起源】 2019年末から中国の武漢から流行り始め、世界に広がった新型コロナウイルスは、元々は蝙蝠を 宿主とするコロナウイルスの突然変異種である。コロナウイルスのゲノム(すべての遺伝情報)の 塩基は約3万ある。中国の論文(※1)では8782番目と28144番目のたった二箇所の塩基が突然変異して 今回の新型コロナウイルスが発生したとされる。 (※1:PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America )という機関で発表され、原題は On the origin and continuing evolution of SARS-CoV-2) この論文では、まず従来のコロナウイルスの8782番目の塩基は元々はT(チミン)であったが、これが C(シトシン)に変化して新型コロナウイルスが出現した。それから直ぐに28144番目の塩基C(シトシン)が T(チミン)に突然変異して、新型コロナウイルスがS型とL型に分岐したとしている。 28144番目の塩基が従来通りのC(シトシン)のものを、この塩基の配列が関わる蛋白質合成時のアミノ酸の コードがセリンであることからS型、塩基がT(チミン)に変異してアミノ酸のコードがセリンからロイシン に変わったものL型と呼んでいる。 S形に比べて、L型では重症化しやすく死亡率が高いものに変異している。欧州で死亡者が多かったのは 流行ったのがL型だったからである。現在でもこのコロナウイルスは、突然変異を繰り返している。 【3.コロナウイルスの無害化には何が有効か】 ウイルスには、油性の膜を持つものと持たないものがあり、油性の膜を持つものをエンベロープタイプ 、膜をもたないものは非エンベロープタイプに分類される。コロナウイルスはエンベロープタイプで あり、食中毒を起こすノロウイルスは非エンベロープタイプである。 政府や都が呼びかける三密の回避(自分を守る)やマスク着用(他人を守る)が感染拡大阻止に効果的だが、 手洗いも一番身近な対策である。コロナウイルスはエンベロープタイプで油性の膜を持つため、油性の 膜構造を破壊して、水に溶け去るようにする界面活性効果のある石鹸、エチルアルコール、市販のハンド ソープが有効である。 (注:エチルアルコールは濃度70%以上が適している。但し、同じアルコールでもメチルアルコール は人体にとって劇薬なので使用不可。) 次に次亜塩素酸水がある。食品や手の殺菌などでも使われ、人体への害もない。次亜塩素酸水が ウイルスに有効な理由は界面活性ではなく酸化作用である。エンベロープタイプのウイルスに有効な だけではなく一般の細菌や油性の膜構造を持たない非エンベロープタイプのノロウイルスなどにも 効果がある。但し、次亜塩素酸水は、光に弱く、室温が高いところでは、次亜塩素酸(HCIO)は以下の 化学反応で塩化水素と酸素に分解してしまう。 2HClO⇒2HCl+O2 つまり冷暗所に保管する必要があり、長期の保存が効かないため。早めに使い切ったほうが良い。 また手に汚れや油などがついているとそれらの分解に消費されてしまい効果がなくなってしまう ので、石鹸などで汚れを洗い落としてから使用する。 似た名前であるが、次亜塩素酸ナトリウムは水酸化ナトリウムを含むため劇薬である。 水で希釈して漂白、食器などの物に対する消毒滅菌に使うが、人体に有害で目に入ると失明、皮膚を 溶かすので注意が必要である。 新型コロナウイルスを無害化するものとしては紫外線も有効で、日本企業の中には決められた通路を 回って紫外線を照射しながら壁面など物の表面に付着した新型コロナウイルスを無害化するロボットを 製品化したところも出てきた。 【4.PCR全数検査の問題点】 PCR検査は、細菌などの病原体の遺伝子であるDNAの特定の一部を酵素の力を借りて増やし、(ウイルスの 遺伝子はDNAではなくRNAなので方法が少し異なる)、試薬に反応できるレベルまで増幅する技術を用いた 検査方式である。 PCR検査の精度は現時点で感度(=真の陽性の人に対して陽性と判定する確率)が70%であり、偽陰性の 判定による見逃しが30%である。一方、特異度(真の陰性を陰性と判定する確率)は2020年の初めころは 80%~90%と言われており、4月末以降は日本企業などが開発した最新の検査キットも発売されてきていて 特異度は99%まで上がってきた。 PCR検査が感度70%、特異度99%の前提で考えると 100人の感染者が居るなら、70名は正しく陽性で判定されるが30名が偽陰性で見逃され、この30名が検査 結果を信じて安心して動き回れば、感染が拡大する。 一方、真の陰性の100万人を無条件に検査すれば99%の99万人は正しく陰性の判定を受けるが、誤って陽性 に判定される者、いわゆる偽陽性者は1万人も発生してしまう。 医療崩壊という言葉もよく使われるようになったが、どのような問題が起こるのかを具体的な情報を参考 に考えてみよう。 医療現場の余力の一つに病床数があり、新型コロナ対応で日本の各都道府県の病床数とどのくらい入院 しているかを示すサイトがある。下記はそこのスクリーンショット(2020年8月19日時点)である。 最新の状況を知りたければここをクリック 各都道府県の病床数と現在の病床の占有数など医療現場の余力に関する情報を提供している。 このサイトでは余力の指標として対策病床使用率を用い、対策病床使用率=現在患者数/対策病床数で 定義している。この値が100%に近いほど医療現場の余力がなく、計算上100%を超える場合は病床不足に なる。 このスクリーンショット(2020年8月19日時点)では、日本全国では、対策病床数は40,559床(最も多い 東京でも5448床)、現在患者数は12,442人、対策病床使用率は30.6%となっており、日本全体としては 7割の病床が温存されていることになる。 対策病床使用率は各都道府県別までは表示されていないので、現在患者数と対策病床数から計算すると 沖縄県は143%(=現在患者数1123/対策病床数783床)となっていて、完全な病床不足であり、県だけで なく、国も含めた早急な支援が必要な状況である。 次に他の都道府県よりも対策病床使用率が高く要注意なのは、 東京61%(=3338/5448)、大阪68%(=1690/2480)、愛知70%(=1447/2066)、福岡69%(=922/1328)の 四つの都府県である。 さきに、特異度99%でも100万人を闇雲に全数検査すれば1万人の偽陽性が出ると述べたが、東京の病床数 5448床の約2倍であり。もし、東京の1300万人の全数検査すれば、13万人の偽陽性で全国の病床数4万でも 足りなくなるのが分かるだろう。つまり、医療崩壊状態になる。 PCR検査で陽性判定が出た場合、実際は偽陽性にも関わらず医療施設や検査に使用したCT設備は消毒する 必要があり、保健所などがその人の状況を管理する必要が出たりなど目に見えない部分でも人と時間を 取られる。 日本では症状が軽度ならば自宅謹慎で自宅での自然治癒を依頼していたが、なるべく重症者向けに病床を 確保しておこうという考えは正しい。 次に世界各国のコロナ患者発生数や犠牲者の数、回復した数、検査数を掲載したサイトがあり、そこを 紹介しよう。下記はそこのスクリーンショットである。 最新の状況を知りたければここを参照 各項目(英語)の意味は下記である。 country,other 国,その他地域 Total Cases:感染者総数(回復者数、犠牲者数含む) New Cases:新規感染者数 Total Deaths:犠牲者総数 New Deaths:新規犠牲者数 Total Recovered:回復者総数 Active Cases:現時点で治療中の患者数 Serious Critical:現時点での重症者数 Tot Cases/1M pop:人口100万人あたりの感染者総数 Deaths/1M pop:人口100万人あたりの犠牲者総数 Total Tests:PCR検査総数 Tests /1M pop:人口100万人あたりのPCR検査数 Population:その国の人口 これを見ると昨年末から今年(2020年)の2月、3月で欧米でも大騒ぎになり多くの国でPCR検査を大規模に 行ったが、大規模な検査をした国が必ずしも感染者数や犠牲者数を抑えているわけではないことが分かる。 さて、2020/8/19時点では、日本の累積感染者数は55,882人(現在患者数12,442人、死亡者1,116人、累積 退院者42,324人)で日本の総人口が1.2億人として0.047%である。 さらに先月東京都の抗体検査をやって、その結果が抗体保有率0.1%であったが、このサイトの情報も合わせ 両方の結果から日本の感染者の比率が相当低いことが分かる。 PCR全数検査が偽陽性による医療負荷の増加を引き起こすこと、PCR検査の精度の問題として偽陰性による 見逃しの問題があること以外に、別の切り口で全数検査の意義を考えてみよう。 人口100,000の市で全数検査を実施した場合を「条件付き確率」問題として数学的に考えてみる。 2020年8月の現時点での累積感染者の比率や先月の都の抗体保有率検査の結果を参考に感染者の比率が0.1% だと仮定して、100,000人が無条件に検査を受ける場合で考える。 ・感染者の比率が0.1%ならば、真の陽性=100,000×0.1%=100人、真の陰性=100,000-100=99,900人 ・感度70%、特異度99%(=偽陽性は1%)のPCR検査の場合  真の陽性で検査で正しく陽性で判定される者(A)=真の陽性100人×70%(感度)=70人  真の陰性で検査で誤って陽性で判定される者(B)=99,900×(100%-99%)=999人(偽陽性) ・PCR検査の陽性判定総数=正しく陽性の判定を受けた70名+偽陽性999人=1069名(=(A)+(B)) ・PCR検査で「正しく」陽性と判定されるのは70名に対して、PCR検査の陽性判定総数=1069人であるから  本当に陽性である確率=(A)/((A)+(B))=70/1069=6.5% つまり、特に症状のない市民がPCR検査で陽性と言われても実際に陽性である確率はこの程度しかないことに なる。 PCR検査の特異度は、2020年の4月以前は80~90%程度と言われていた。その時点で全数検査ということで マスメディアの多くが主張していた通りに闇雲に検査していたらどうなっていたか? 人口の10~20%の偽陽性が発生して医療崩壊を確実に起こしていただろう。 感染症の検査に関して 感染拡大初期に患者をあぶり出す(いわゆるスクリーニング)ために全数検査を行ってはならない とされている理由はここにある。 また、PCR検査は一回2万円以上ということで検査キット、人件費も含めて高額であり、気軽に何度でも 受けるわけにはいかないし、国の財政負担となれば結局、国民の税金が使われることも念頭に置いておく 必要がある。 現時点では検査キットの精度が向上し、特異度が99%まで改善された(日本製検査キットの場合)と言っても まだ全数検査の信憑性に問題があることは確かである。特異度がさらに100%に近づいて行けばこういう問題 もなくなってくるが、感度はまだ70~80%であり、2割~3割の陽性者を見逃しの問題は依然として残り続ける。 PCR検査はどのように活用すればよいのだろうか。以下のような場合に大いに意味があるだろう。 ・咳や熱、臭覚・味覚異常、倦怠感などの新型コロナと疑われる症状がある人への適用 ・感染発生となったクラスタとそこの接触者の追跡など感染の疑いの高い集団に適用 特に日本の病院は、診察を受けに来た人に、いきなりPCR検査するのではなく、新型コロナ以外(通常の インフルエンザなど)の疾病の確認検査、CT検査での初期肺炎の有無の確認、さらに医師がPCR検査の要否 の判断を行う。症状のある者について医師の診断やPCR検査以外の検査を併用することで新型コロナウイルス 感染の疑いが濃厚と判断された者についてPCR検査対象を絞ることで、PCR検査の信憑性は高くなるのである。 例えば、PCR検査で陰性だったが、CTによる初期肺炎の診断で入院、その後のPCR検査で陽性判定となった ケースもある。 【6.日本の対応はどうだったか】 2020/8/19時点の世界のコロナ感染状況を示すサイトを見ても、日本は世界各国と比較してかなり良好な 結果になっている。世界で40~50番目であり、人口が1億を超える国で死者千人台、患者数5万という状況は 驚異的に優れた数値だ。 中国、韓国など過去にSARS、MERSのコロナウイルス禍で苦しんだ国は、そのときPCR検査で経験と技術を習得 した検査要員も多く、また品質や精度は別としてPCR検査キットの生産や備蓄も進んでいた。 この点、SARS、MERSの被害にほとんど会わなかった日本では検査キット、PCR検査要員も当初は圧倒的に不足 していた。 そこへ今回のコロナ禍が起こったが、急場しのぎで海外からPCR検査キットを取り寄せるとしても、海外製の 検査キットの感度、特異度などは必ずしも良いというわけでもなく、感度が30%~50%といったものもあり、 こういったものをすぐに使用するわけにはいかなかっただろう。 またPCR検査ではわずかな不純物の混入(contamination)などで誤判定につながるので、経験と技術を持つ 熟練の検査要員が必要だが、そういう人員を大量に養成するには時間がかかり、すぐに増員できるわけでは ないし、また一回の検査に今年2020年の初め時点では、6時間もかかっていた。 (※4月末に出た最新の日本製キットでは特異度も99%以上、検査時間は30分~1時間程度になった。誤操作、 誤判定も減らす仕組みになっている) もし、2月~4月の人員不十分な中で全数検査にとりかかっていたら、人も時間も足りずパンク状態になった だろうし、また熟練したスタッフも少ないことで偽陽性、偽陰性の誤判定も多くなっただろう。 日本政府のPCR検査に対する対応を確認して見ると専門家会議を招集し、そこの指針に従い、以下の施策を 打っている。 (1)PCR検査は医師が必要性を認めた場合の必要最小限に留め、重症者の手当と救命に医療資源を集中する (2)感染者クラスタの把握と濃厚接触者追跡に重点を置いて、PCR検査を活用し感染拡大防止を図る (3)現場の需要(医師、保健所からの検査要請)に応じたPCR検査のキャパシティを増強する(注) (注)PCR全数検査を行い検査数を増やすというのではなく、医者の診断による検査要請や医療機関の検査需要 に迅速に対応するための検査のキャパシティの強化である。 もしマスコミが当初主張していたPCR全数検査を日本で行っていたら、感染拡大期の大量検査ということで 膨大な偽陽性者を生み、現場を混乱させ医療崩壊を招いただろう。現に欧米(米、英、イタリア、スペイン等) では大量の検査を行ったものの大量の感染者と死者を出しただけだったし、検査で発生した多数の偽陽性者を 本当の感染者と共に隔離病棟に収容したから、偽陽性者が本当に感染してしまう状況も起こっただろう。 医療崩壊に見舞われた米国、英国では、闇雲な検査実施に対する疑問が医療現場から提示されたし、英国の インペリアルカレッジのニコラス・グラスリー教授といった専門家からは医療関係者などリスクの高い集団 への検査は有用だが、地域感染予防には役に立たないとPCRの全数検査に否定的な見解が出た。 (興味のある方はここを参照) つまり、闇雲にPCR検査をやらないという政府の施策(1)は正解だったし、次にPCR検査を感染クラスタと濃厚 接触者の追跡に重点を置き、そこでPCR検査を活用していた(2)も正解である。欧米などでも後に注目する ようになった。(3)については、医師や保健所からの検査要請に迅速に対応できる人員と体制、設備、装備に 不足があったのは事実であり、「検査対応能力の強化」(=闇雲な検査数増では無い)に動いたのは正解だ。 結論から言えば、PCR検査に関する日本政府の対応は問題はないと言える。 また自衛隊の投入も犠牲者を減らした要因だろう。当初はこの新型コロナウイルスは正体も不明であり、 この未知の感染症が蔓延するクルーズ船のダイヤモンドプリンセス号対応で自衛隊が投入された結果、 自衛隊中央病院が重要なノウハウを発見する。X線では捕捉困難なコロナの初期肺炎(しかも本人は無自覚が 多い)もCTで捕捉でき、新型コロナによる初期肺炎特有の画像の特徴も把握できたのである。 日本は世界一のCT装備率を誇るので、CTによるコロナの初期肺炎の捕捉のノウハウが自衛隊から全国の医療 機関に伝えられた結果、初期肺炎の段階でのタイムリーな手当てで重症化を防ぐことができ、また早期退院 に結びついたことで医療現場への負荷の低減に大きく貢献した。 それ以外の対策はどうだろうか。 日本は他国と異なり、人権侵害や強制力を伴うロックダウンなどの措置を取らなかった。緊急事態宣言での 活動自粛、休校の要請、さらに三密回避の広報といったソフト対応だが、日本人の衛生観念や規律の高さ、 モラルの高さを信じた良い対策になっている。結局、これらが守られることで、再生産数(感染者一人が 何人に感染させるか)の抑制となって、感染拡大を防いだからである。 政府対応は上記のようにある程度評価できるが、まずかった点もあげると ・中国などからの入国制限が遅れた。(約一月遅れと思う) ・支給金の決定について金額など巡って二転三転した。 ・マスクなど他国に頼っていた(これの反省から国内メーカーで医療品を製造する補助制度を作った) 全体的な評価では、全世界的に見てもコロナ対策は成功したほうと言えるので政府対応は十分及第点を 与えられるだろう。 【6.新型コロナの特効薬は?】 対策としては以下がある ①治療薬 ②コロナに罹患して回復した人の血漿を用いる療法や高度免疫グロブリン製剤 ③ワクチン ②③は期待も大きい。特にワクチンは予防のためにも早い開発が望まれる。 問題は新型コロナウイルスの突然変異の速さである。新型コロナウイルスはウイルス表面のスパイクを 、人の細胞のACE2受容体に結合させて細胞に入り込む。 コロナウイルスのスパイク無効化を狙ったワクチンは、スパイクが突然変異で変化すれば、効かなくなる 可能性もありえる。また②の血漿療法も同じ問題が出てくる。 とは言え、これは一般のインフルエンザでも同じであり、ワクチンが予防で重要なことには変わらない ので、現在各国でワクチン開発が進められているし、他国に頼るのは危険でもあるから自国開発は必要 だろう。 また罹患したときに特効薬があれば一番安心できる。以下①の治療薬の状況を見てみよう。 [ウイルス増殖を妨害する抗ウイルス薬] 日本の富山化学(富士フィルムホールディング子会社)が開発したアビガン(正式名称はファビピラビル) や米国のレムデシビルが該当する。 どちらも新型コロナウイルスが細胞内で増殖するときのRNAポリメラーゼの働きを阻害し、ウイルスの 増殖を防ぐものである。ウイルスの増殖の根源的な仕組みに作用するので、このような仕組みを変える ような突然変異はウイルスでも簡単ではないだろうし、そもそも増殖しないのだから突然変異種の発生 も防ぐことになるだろう。 アビガンは新型コロナの薬の認可はまだ下りていないが、軽症患者用の薬として期待されている。 軽症向けなので点滴薬ではなく、経口摂取の錠剤で取り扱いが容易かつ1錠50円程度で安価である。 尚、髄膜炎を発症していた患者に投与後、患者が回復した症例もあり、重症者にも有効な事例がある。 レムデシビルは重症患者向けであり、米国で認可され、日本でも使えるようになった。難点は点滴薬で 取り扱いが面倒であることと非常に高価数万円である点である。 [炎症などの症状を抑えて患者の回復力をサポートする薬] トシリズマブ(=商品名アクテムラ)、シクレソニドがある。 トシリズマブは 日本で開発された抗リューマチ薬で点滴薬である。 米、中、仏、イタリアなどで重症者で実験中(サイトカインストームなど免疫暴走を抑える)死亡率低下 など肯定的評価有 シクレソニド(販売名はオルベスコ)は日本で開発されたぜんそく薬でコロナによる間質性肺炎の症状 を緩和し、患者が回復した症例が報告されている 一時報道などで話題になった米国で開発のヒドロキシクロロキン(抗マラリア薬)は新型コロナの治験で 致死率上がったとのことで、新型コロナウイルス治療薬候補から脱落した [その他] ナファモスタット(=商品名フサン)は 日本で開発されたものでセリンプロテア―ゼ阻害剤で、新型コロナウイルスが細胞内に侵入するのを阻害 する抗ウイルス薬である。血栓を防ぐ効果もある。細胞内に侵入後の新型コロナウイルスの増殖を阻害する アビガンと組み合わせて人工呼吸器使用状態の患者が回復し、東大から効果ありで論文が出た。 【7.アビガン承認遅れについて】 アビガンは日本の富山化学(富士フィルムホールディングの子会社)が開発したもので元々インフルエンザ 用ですでに承認されており、他のインフルエンザ薬が効かないときの切り札として政府が備蓄していた。 この薬は、他の危険なウイルス対策にも使われたことがあり、全身から出血して死亡するエボラウイルス 対応でも使われて、効果的な薬がない中で、アビガンが投与され感染した医師も含めて多数の人を回復 させたことが報道された。 国内での承認は下りていないが中国、ロシアでは有効ということで承認され、タイでも有効との報告が 来ている。アビガンはRNAウイルスが増殖するときに避けて通れないプロセスを妨害するので、RNAウイルス である新型コロナウイルスにも有効なことが期待される。 日本でアビガンの新型コロナ用治療薬としての承認が遅れている理由は、アビガン単独での効果を確認 できない状況だったからである。承認を受けるには、治験でアビガン単独での効果を統計的に示す 必要があるが、5月承認を目指していた時点で被験者となる患者がアビガン以外の薬を併用している場合も 多くアビガン単独での治療効果が確認できない、また新型コロナ患者の8割は軽症で自然治癒するので、 快方に向かった者について本人の回復力によるものなのか判別しにくいという状況であった。 藤田医科大のアビガン臨床研究の発表が、観察研究に留まり、アビガン投与で快方に向かう傾向があるが 統計的に有意な結果が出せないという結論になったのもこれが理由である。また、この発表では、アビガン と他の薬を併用するパターンで最も多かったのはナファモスタット(=フサン)との併用である。 これは、新型コロナが血栓を起こしやすいので、それを防止するための対策と考える。 尚、この発表ではアビガンの副作用については、すでにインフルエンザ薬として認可されているときと同じ レベルの安全が再度確認できたとしている。特に胎児の催奇性(奇形)に関して、この副作用を防ぐ用法が 規定されており、まず妊婦への使用不可(普通の薬でも禁止されていることが多い)、男性の場合は服用後の 一定期間(10日程度)避妊を守れば問題はないとされている。妊娠していない女性の場合は、服用後14日間 避妊する必要がある。 現時点では、アビガン単独の効果を見極めるために富士フィルムで進めている臨床試験が終わり、結果を 纏めているが、ここで効果が明確にされれば、認可となるだろう。 アビガン(正式名称ファビピラビル)は物質特許は切れており、中国、ロシアではジェネリックとして製造 して世界中に売り込もうとしている。なお製法特許は日本に残っており、不純物の少ない高純度のものを 日本と同様に作るには製法ライセンス料を富山化学に払って日本と同じ方法で作るか、日本と違う製法で 製造することになる。日本での承認が早く下りるようになることを期待したい。
(ホームへ) inserted by FC2 system