オーロラ発光と電子遷移(2010/05/10) 訂正:酸素原子のオーロラの波長について誤記訂正(2010/10/01) 緑のオーロラ波長について 5567nm→556.7nm 赤のオーロラ波長について 6300nm→630.0nm 及び 6364nm→636.4nm オーロラの発光の仕組みは、大きくは次のような2段階になる。 第一段階は 太陽から来る太陽風のプロトンや電子が地球磁場に沿って大気中の分子や原子と衝突することで大気中 の分子や原子がエネルギーを与えられて、これらの分子や原子の電子軌道が安定した基底状態から励起 状態に移る。 第二段階は 励起された分子や原子の電子軌道はエネルギーの高い状態であり、エネルギーが低く安定した基底状態に 戻ろうとするが、このときに電子はエネルギーを電磁波として放出することで基底状態に戻る。 このときに放射された電磁波は励起された窒素分子や酸素原子によって固有の波長を持つため、オーロラ 特有の色の光になる。 下記は、代表的な酸素原子の緑色のオーロラ発光の画像である。 さて、今回はこの酸素原子のオーロラ発光について、すこし詳しく紹介しよう。 基底状態の酸素原子は、1s軌道に2個、2s軌道に2個、2p軌道に4個の電子をもつ。2p軌道には6個まで 電子が入るので、まだ電子2個分の空があり、埋まっていないことになる。 LSカップリングの表記に従えば、この状態のスペクトル項は3P0-2である。 スペクトル項の左上添え字の 3 は電子のスピン多重度である。 次にスペクトル項の P はなにかというと、全軌道方位量子数 L に対応する記号である。埋まっていない電子 殻の電子の全軌道方位量子数 L= 0 のときは S、L=1 のときは P、L=2のときは D となる。 基底状態の酸素原子では、埋まっていない電子殻は2p軌道であり、全軌道方位量子数 L=1 であるから スペクトル項の記号は P となる。 最後に、スペクトル項の右下の添え字は全方位量子数 j である。 ここでスペクトル項については非常にわかりやすく説明した他サイトのページがあるので参照されたい。 ややこしいスペクトル項をわざわざ持ち出したが、後でオーロラの原因であるリン光とその電子遷移の説明のため である。つまりスペクトル項とは電子の状態を、電子のスピンに起因するスピン多重度と電子軌道の形に関わる 全軌道方位量子数と全方位量子数で表現したものである。 代表的なオーロラ発光を起こす酸素原子は基底状態より4.17eVだけエネルギーの高い1S0の励起状態である。 ここで、水素原子の主量子数 n のときの電子軌道のエネルギーを E n として、主量子数がn=2から n=3 になる ときの電子の遷移エネルギーと比べてみよう。 水素原子の基底状態のエネルギー E 1=-13.6eVであり、主量子数 n の電子状態のエネルギーは n の二乗に 反比例するので E 3-E 2=-13.6×(1/32-1/22)=1.88eV この結果をみると酸素原子が基底状態から1S0の励起状態になるのに必要なエネルギーの4.17eVは水素原子の 主量子数がn=2の電子軌道からn=3の電子軌道に電子が遷移するときの遷移エネルギーの2.2倍程度である。 この励起された酸素原子が他の分子と衝突しない場合、次の段階を経て基底状態に戻っていく。 a) 0.74秒後に556.7nmの緑色の光を出して、基底状態より1.96eV高い1D2になる b)110秒後に630.0nm、636.4nmの赤い光を出して1D2から基底状態の3P0-2に戻る 電子遷移には許容されるものと禁制されるものがあり、特に厳しい制約はスピン多重度の異なる状態間での遷移 の場合である。一方、許容される遷移は蛍光として発光がおこり、極めて短時間で励起状態から基底状態にもどる。 a) の遷移については スペクトル項の左上の添え字のスピン多重度に注目すると1S0⇒1D2ではスピン多重度は 1 で同じである。 但し、全軌道方位量子数 L が異なる(S:L=0、D:L=2)ので、電子軌道の形が違うことから基底状態に戻るまで 時間を要し、0.74秒後に遷移する。 次に b) の遷移だが 1D2から3P0-2ではスピン多重度が異なる 1 から 3 への遷移のため、厳しいスピン禁制遷移である。 この遷移は容易に起こらず、実に110秒もの時間を要することになる。 酸素原子のオーロラのように556.7nmの緑色の光や630.0nm、636.4nmの赤い光は、励起後に0.74秒から110秒という 長い時間をかけて基底状態に戻っていく。 (注)赤の光はスピン多重度が異なる発光なので蛍光と区別されリン光と呼ぶ。 つまり、酸素原子の場合のオーロラ発光が長い時間を要する理由は、全軌道方位量子数やスピン多重度が異なる 状態間での遷移であり、遷移に時間を要したり、禁制であることによる。 緑色のオーロラが酸素原子による発光であることが発見されるまでには相当な時間がかかったが、その理由は地上の 実験設備では高空に匹敵する真空度を作りだすのが困難だったためである。つまり、発光する前に他の分子や原子との 衝突でエネルギーを失ってしまい、実験室ではオーロラ発光の再現ができなかったためと言われている。 (ホームへ) このページの無断引用を禁じます。